宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 56, 2011

一般演題

6. 宇宙環境における免疫機能障害のメカニズムの解明

Minh-Hue Nguyen,太田 敏子,向井 千秋

宇宙航空研究開発機構

Analyzing the mechanisms of immune dysfunction in space environment

Minh-Hue Nguyen, Toshiko Ohta, Chiaki Mukai

Japan Aerospace Exploration Agency

宇宙の特殊環境である微小重力,閉鎖·隔離環境,宇宙放射線被曝などで,人体のリスクとしては骨量低下,筋肉の萎縮,睡眠障害などと言った老化様現象が見られ,その中で飛行士の健康に直接に影響を及ぼす免疫機能低下が問題となっている。
 これまでの研究では,宇宙飛行による免疫機能低下は細胞性免疫機能障害の可能性があり,発癌·感染,アレルギー性疾患の発症リスクが増大する可能性が高い。しかし,これらの詳細な免疫障害のメカニズムや有効的な対策はまだ解明されていない。そこで,宇宙環境において,運動量低下による免疫応答のメカニズムを解明するために,模擬宇宙環境モデルマウスを用いて免疫関連遺伝子の動態を解析し,その表現型であるリンパ球サブポピュレーションとの相関性を追及し,免疫応答として血清内のサイトカイン動態の分析で免疫機能を評価するバイオマーカーの探索を行う。これら一連の解析で模擬宇宙環境における動物の免疫応答のメカニズムを解明し,今後の軌道上実験のための基礎データを取得する。
 上記の目的を遂行するために,本研究は微小重力環境での運動量低下による免疫機能障害を,尾部懸垂マウスモデルを用いて免疫機能関連遺伝子発現動態及びその表現型としてのリンパ球サブポピュレーションの変動を同定する。具体的な方法に関して,約34,000個のマウス遺伝子を含むマウスゲノム遺伝子チップ(Affymetrix-Mouse Genome 430 2.0 Array GeneChip®)を使用して,DNA マイクロアレイ解析による脾臓·胸腺の遺伝子発現の動態を解析する。また,脾臓及び胸腺の各種リンパ球(T細胞,B細胞,NK細胞など)の代表マーカーを使用して,マルチカラーFACS(fluorescence activated cell sorting)を用いて,各リンパ球のサブポピュレーションの分画の解析を行う。
 上記の網羅的の解析で同定できた因子遺伝子のOutcomeとしてのサイトカインの動態を解析した結果,免疫低下の評価法を確立していく。抗体アレイシステムを用いて,模擬宇宙環境モデル尾部懸垂マウスの血清内に存在する308種類の蛋白質の動態変化を解析し,バイオマーカーとなり得る分泌蛋白質を抽出する。標的候補の分子を抽出した後,将来的に,宇宙飛行士の血清における動態を検討する。
 本研究を実行して,期待される研究成果が次となる。 @ 地上実験の基礎データとして,免疫障害に関与する原因遺伝子,リンパ球サブポピュレーションの変化,免疫機能低下の指標の同定が期待できる。 A 軌道上実験に応用が可能であり,宇宙飛行士の免疫機能を評価するマーカーの開発が期待できる。 B 地上における免疫機能障害の予防·治療·診断などへの応用が期待できる。 C トランスレーショナル·リサーチ(基礎研究から臨床研究への橋渡し)を促進することができる。(研究協力者:理化学研究所 横浜研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター(RCAI) 免疫系構築研究チーム 大野博司 研究チームリーダー)