宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 4, 55, 2011

一般演題

5. 月粉じんの気管内注入による有害性評価

神原 辰徳1,堀江 祐範1,森本 泰夫1,三木 猛生2,本間 善之2

1産業医科大学 産業生態科学研究所 呼吸病態学
2宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室

Evaluation of pulmonary influences of regolith dust by intratracheal instillation

Tatsunori Kambara1, Masanori Horie1, Yasuo Morimoto1, Takeo Miki2, Yoshiyuki Homma2

1Department of Occupational Pneumology, Institute of Industrial Ecological Sciences, University of Occupational and Environmental Health
2Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency

【目的】 月面には隕石の衝突や岩盤の破砕·風化作用によってできた表土(レゴリス)が堆積しており,その中には微粒子のもの(レゴリスダスト)も含まれている。月面着陸した宇宙飛行士が宇宙服に付着したレゴリスダストを吸入した時に花粉症様の粘膜刺激症状を呈したことが報告されるなど,その人体影響についても関心が高い。今後,月面開発を進める段階においてレゴリスダストの有害性評価は必要条件である。しかしながら,レゴリスダストの生体影響については不明な点が多く,研究報告も少ない。本研究ではレゴリスダストの有害性を評価するため,JAXAと清水建設によって共同開発されたレゴリスシミュラント(FJS-1)を用い,ラットでの気管内注入試験を実施し生体影響を評価した。
 【方法】 レゴリスシミュラントのうち地球上の吸入性粉じんの粒子径に相当する粒子を分級するため,液相沈降法にて空気力学的直径10 μm以下に分級した。分級したレゴリスシミュラント1 mg·2 mgをそれぞれ生理食塩水0.4 mlに懸濁しWistar系雄性ラット(9週齢)の気管内へ単回注入した。対照群には生理食塩水0.4 mlのみを注入した。単回気管内注入後3日,1週,1ヶ月,3ヶ月,6ヶ月の観察期間をあけて解剖を行い,血液および右肺の気管支肺胞洗浄液(BALF),左肺の病理組織について評価を行った。
 【結果】 血液中の細胞分画で,白血球数は各群とも有意な差は認められなかったが,好中球数はレゴリスシミュンラント2 mg注入群の1週·3ヶ月で有意な上昇を認めた。またBALF中の総細胞数も各群で有意な差は認めなかったが,BALF中の好中球数は1 mg注入群で3日から1ヶ月で,2 mg注入群で3日から6ヶ月まで対照群と比較し有意な上昇を示した。我々が過去に行った結晶質シリカ(Min-U-5Silica 2 mg注入群)のデータを参考に検討すると,血液·BALFの好中球数の増加は結晶質シリカ注入群には及ばなかった。また肺病理像も急性期に明らかな炎症所見を認めなかった。
 【まとめ】 レゴリスシミュラントの気管内注入により,炎症細胞の増加を認めたが,結晶質シリカによる炎症反応よりも弱く,また病理像としての炎症所見も認めなかった。これより,レゴリスダストの吸入による有害性は結晶質シリカ程ではないことが示唆される。今後,炎症性サイトカイン·ケモカイン等の分析も行い,生体影響について総合的な評価を行う方針である。
 【謝辞】 この研究は,平成23年度科研費(基盤研究C: 23591172)などの助成により実施されたものである。