2.　長期宇宙滞在中の心機能低下を予防する運動療法に関する研究 | An exercise protocol to prevent cardiac hypofunction during long-term space flight

一般演題

2.　長期宇宙滞在中の心機能低下を予防する運動療法に関する研究

松尾　知明¹，山田　深¹，大島　博¹，岩﨑　賢一^1,2，須藤　正道^1,3，向井　千秋¹

¹宇宙航空研究開発機構
²日本大学
³東京慈恵会医科大学

An exercise protocol to prevent cardiac hypofunction during long-term space flight

Tomoaki Matsuo¹, Shin Yamada¹, Hiroshi Ohshima¹, Kenichi Iwasaki^1,2, Masamichi Sudoh^1,3, Chiaki Mukai¹

¹Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency
²Nihon University
³The Jikei University

宇宙での微小重力環境下では，飛行士の心機能や全身持久性体力が低下するだけでなく，心臓形態そのものが変化する（心筋萎縮）。一方，宇宙滞在中に顕著な体重減少が生じる飛行士も少なくない。運動（エクササイズ）は体力低下や心筋萎縮，心機能低下の予防策として有効であるが，エネルギー消費量（energy expenditure:EE）の著しい増大を伴い，体重減少を促進する運動プログラムは，火星探査など，今後の長期ミッション遂行のマイナス要因となる可能性がある。また，今後の長期ミッションに向けて，飛行士の運動時間を短縮させるための取り組みは重要である。
　JAXAでは，これらの課題を解決する運動療法に関する研究に着手している。本研究の目的は，運動によるEEの増加を抑制しつつ，短時間で効率的に心機能や体力の低下を防止できるエクササイズプロトコルを考案することである。目的遂行に向けて，以下の課題（地上実験）を設定した。
　1）予備実験:自転車運動のオリジナルプロトコル（JAXAプロトコル）の決定
　2）実験1:JAXAプロトコルのEEに関する検討
　3）実験2:JAXAプロトコルが最大酸素摂取量（VO₂max）や心機能，心筋重量に及ぼす影響の検討
　平成22年度に予備実験と実験1をおこなった。得られた成果は以下の通りである。
　【予備実験】　1回あたりの運動時間が短くてもVO₂maxや心機能に増大効果が得られる高強度インターバルトレーニングを，宇宙飛行士を含む非アスリートに適用（日常のトレーニングとして実践）させるための取り組みをおこなった。この取り組みにより，JAXAプロトコルとして2つのプロトコル（スプリント系:SITと有酸素系:HIAT）を定めた。
　【実験1】　運動によるEEは運動中だけでなく，運動後のEE の増加（excess post-exercise energy expenditure: EPEE）を含めて検討する必要がある。EPEEには運動強度の影響が著しいことが明らかとなっており，強度が高く設定されるインターバルトレーニングはEPEEが増大する可能性がある。実験1では，考案した2つのプロトコル（SIT及びHIAT）のEEとISSで主として用いられているプロトコル（持続性有酸素運動:CAT）のEEとを比較した。その結果，SIT及びHIATのEPEEは，CATのEPEEより有意に大きかったが，EPEEの絶対量は大きくなく，EPEEが運動により生じる総EE（運動中+運動後）に占める割合は大きくないことが明らかとなった。
　現在，実験2の無作為割付による介入実験に取り組んでおり，考案中のプロトコルを週5回実践することでVO₂maxの向上（約20%）に有意性があることが確認されつつある。今後は，考案したプロトコルの実践頻度を減少させてもVO₂maxや心機能に効果があるかについての検証や，微小重力環境やそれを模擬した実験（ベッドレスト実験）での検証をおこないたいと考えている。