宇宙航空環境医学 Vol. 48, No. 1, 1-3, 2011

短報

Layered Voice Analysisによるパイロット訓練生の交信音声分析

荒毛 将史1,竹内 由則2

1航空自衛隊 航空医学実験隊
2航空自衛隊 航空安全管理隊

Analyzing Pilot Candidates’ Communication Voice Using Layered Voice Analysis

Arake Masashi1, Takeuchi Yoshinori2

1Aeromedical Laboratory, Japan Air Self-Defense Force
2Aero Safety Service Group, Japan Air Self-Defense Force

(Received:20 June, 2011 Accepted:11 Oct, 2011)

I. はじめに
 音声分析により発話者の精神的状態を把握しようとする試みは様々な手法により行われている3)。航空自衛隊ではパイロットの交信音声から求められる声帯振動間隔変化率(Vibration Space Shift Rate, VSSR)を用いて精神的緊張度を定量化し,事故調査に利用してきた1)。この手法は緊急事態における悲鳴のような音声の分析には適しているが,通常の飛行における恒常的な交信音声の分析には不適である。一方,音声を分析することにより虚偽反応を検出する目的で開発され,様々な感情を評価することが可能とされるLayered Voice Analysis(LVA)という音声分析技術は音声ストレス分析(Voice Stress Analysis, VSA)と呼ばれる音声の周波数や発話間隔等を多変量解析することにより発話者の感情を捉える手法の一種であり,虚偽検出を目的とした技術であるため,種々のストレスの中でも特に精神的緊張を捉え易いと考えられている。
 秦と竹内2)はフライトシミュレータを用い,パイロットの精神的緊張が特に高まると考えられる横風条件下での着陸進入場面を模擬し,フライト中の音声をLVAにて分析し心拍数と比較することで精神的緊張度を評価する試みを行った。その結果,実験参加者の瞬時心拍数は自機が滑走路に接近するほど高まり,LVAにより算出されるパラメータも同様の傾向を示し,LVAを用いてパイロットの精神的緊張を評価できる可能性を示唆している。
 本研究では実機操縦時の音声で同様の評価が可能かどうかを検討するため,課程を通じての緊張度は高いものの技量が向上するにつれて余裕が生まれ,緊張が低下していくものと予想される飛行訓練課程のパイロット訓練生を対象に音声分析を実施した。訓練生の精神的緊張を音声により評価できれば,より効果的な指導方法へと応用できる可能性がある。

II. 方法
 A. 測定対象者
 航空自衛隊飛行訓練課程に在籍するパイロット訓練生からランダムに9名(全て男性)を抽出した。この課程は複座型プロペラ機(T-7型航空機)を用いて1日1-2回の飛行訓練を約6ケ月に渡り行い,基本的な操縦法を修得することを目的としている。
 B. 測定時期
 6ケ月の訓練課程の初期(開始1ケ月後),中期(3ケ月後),後期(5ケ月後)の3回の測定を実施した。
 C. 測定内容
 飛行訓練中の訓練生と管制官との交信音声を,管制塔にて録音した。飛行訓練は1回約1時間であり,その間に得られる交信音声は合計で5-10分程度であった。
 D. 使用機材
 音声測定には小型スタンドマイク(Audio Technica, AT9330),オーディオキャプチャ(ローランド,UA-4F),ノートPC(SONY, VAIO TYPE P),オーディオレコーダ(audacity team, audacity)を用いた。
 LVAはノートPC (DELL, INSPIRON2200), LVA SDK 7.0(Nemesysco)を用いて実施した。
 E. 分析
 音声ファイルから訓練生毎,測定時期毎に音声を抽出し,LVAのSTEP2 Analysisを実施した。悪天候により,実際に録音が可能であったのは9名(初期),7名(中期),8名(後期)であった。
 LVA SDK 7.0は100以上のパラメータを算出するが,このうち精神的な緊張と関連するとされるSPTと呼ばれる感情的ストレス指標を分析対象とした4)。また航空機操縦における緊張とは無関係と考えられる,虚偽発言に伴うストレスの指標Lie Stressも同時に分析した。さらに緊張と操縦技量の関係を検討するためにSPTと課程成績について分析した。課程成績は,教官による離着陸時及び空中における航空機の操作技量の評定点を用いた。

III. 結果
 A. LVAによる音声分析
 SPTについてFig. 1(A)に,Lie StressについてFig. 1(B)に各測定時期による値の変化を示した。
 SPTは課程初期から中期へと値が上昇し,中期から後期では下降する傾向が見られる。そこでRyan法により検定全体の有意水準を5%以下に調整し,各測定時期間でWilcoxonの符号付順位検定を実施した結果,中期と後期の間にのみ有意差が認められた(T=28, p=.016)。
 Lie Stressは前・中・後期でほぼ一定の値を示しており,各測定時期間で有意差は認められなかった(p>.05, n.s.)。
 B. LVAと訓練成績の関係
 各測定時期のSPTと課程成績について,Kendallの順位相関係数を算出した。前期(τ=-.5, p=.041)及び中期(τ=-.6, p=.045)における相関が有意であった(片側検定)(Fig. 2)。

Fig. 1 Average of LVA parameters generated from pilot candidates’ voice in each training phases:
(A)SPT (B)Lie Stress.



Fig. 2 Correlation between SPT and score of flight skill (A) Early phase (B) Middle phase of training.


 IV. 考察
 感情的ストレス指標SPTは本研究では全期間を通じて700以上と男性における平均的なSPTの300-350に対し非常に高値であり,訓練後期には有意に低下していた。SPTはPOMS5)のT-A(緊張-怒り)尺度との相関が示唆されており4),パイロット訓練生は操縦経験の浅い初期や訓練内容が次第に高度化する中期には強い緊張状態が維持され,後期では技量の向上により余裕が生じることで緊張が緩和されるという予想通りの結果が得られた。
 初期と中期のSPTと教官による操縦技量評価に負の相関が認められ,強い緊張状態にある初期・中期においてより強い緊張を示した者ほど操縦技量評価が低いことが示唆された。相関係数は初期(-0.5),中期(-0.6)と比較的強い負の相関関係があり,このことも操縦技量の向上とともに緊張状態が緩和されるという予想に従うものと考えられた。

 V. まとめ
 Layered Voice Analysis(LVA)という音声分析技術を用いて,パイロット訓練生の飛行訓練中の交信音声を分析した結果,感情的ストレス指標SPTにより,飛行訓練中の精神的緊張を評価できる可能性が示唆された。

文 献

1) 藤原 治,岡村紀子,宇津木成介,黒田 勲:緊急時における音声変容の研究(第3報),航空医学実験隊報告,17(1),9-16,1976.
2) 秦淳一郎,竹内由則:音声分析による精神緊張度評価の試み─横風着陸時の音声と心拍数との関係─,人間工学,44(3),171-174,2008.
3) Hopkins, C.S., Ratley, R.J., Benincasa, D.S., and Grieco, J.J.:Evaluation of voice stress analysis technology. Proceedings of the 38th Hawaii International Conference on System Sciences, 2005.
4) 太刀川弘和,根本清貴,橋本幸紀,遠藤 剛,芦沢裕子,田中耕平,石井 竜,石井徳恵,矢作千春,佐藤 秀,堀 正士,朝田 隆:Layered Voice Analysisは,うつ・不安症状を評価できるか?,第4回日本うつ病学会総会プログラム・抄録集,40,2007.
5) 横山和仁,荒木俊一:日本版POMS検査用紙,金子書房,1994.


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