宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 103, 2010

宇宙基地医学研究会

「宇宙基地における環境要因」

3. 月レゴリスダストについて

森本 泰夫1,三木 猛生2

1産業医科大学 産業生態科学研究所
2宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室

Effect of the moon dust (regolith) on human

Yasuo Morimoto1, Takeo Miki2

1Institute of Industrial Ecological Sciences, University of Occupational and Environmental Health
2Human Space Technology and Astronauts Department, Japan Aerospace Exploration Agency

2004年に米国大統領が火星への人類到達と月面再開発への意欲を公式演説にて表明したことをうけて,National Aeronautics and Space Administration (NASA)を中心とした宇宙開発関係者は,月面再着陸を計画し,月への居住を想定したプロジェクトも進んでいる。しかし,月の居住のための環境評価は皆無に等しく,特に月のレゴリス(月粉じん)の有害性評価は,最初の課題といっても過言ではない。さらにレゴリスの問題を深刻にするのは,微小重力である。月面では地球の重力の6分の1であることより,粉じんは,すぐに沈降せず長く浮遊するため,吸入される粉じん量が増加し,サイズの異なる粒子も吸入される。また,粉じんは,微小重力下では,磁気や帯電作用を有するため,宇宙服にまとわりつき,宇宙服の脱着や船内活動においても,さらなる付加的な曝露がおこることが想定される。よって,重力の影響を踏まえた月の粉じんの影響を評価することが重要である。我々は,地上における粉じんの有害性や曝露のデータが豊富にあることをふまえて,レゴリスの有害性を,アポロや月探査船のデータを基にレゴリスを地上(1重力)における粉じんとして評価し,それに微小重力を加味することにより,宇宙におけるレゴリスの有害性評価を行うことを目指している。まず,粉じんの生体影響に関与する物理化学的特性は,1)構成成分,2)繊維状物質,3)粒子のサイズ(超微細粒子の存在)と考えた。この3つの有害性に係わる特性について,以下のように分析した。1)構成成分に関しては,シリカが47%を占め,以下アルミニウム,カルシウム,鉄(2価)の順である。これらをもとに月疑似粉じんを作成し,動物暴露試験を行うと,二酸化チタンと結晶質シリカの中間の有害性を示した。2)繊維状物質は月面上に存在し,それらは,アルカリ金属やアルカリ土類金属を含むので,溶解性しやすく,有害性が少ない。3)ナノ粒子に関しては,月レゴリスの成分から,ナノ粒子になると炎症能を亢進させる粒子を含んでいる。
 微小重力は,ミクロンサイズ粒子の粉じんの沈着率は低下するが,1 μm以下では低下しないこと,肺胞マクロファージの機能低下により粉じん貪食能の低下,炎症の亢進または抑制作用は不明であることが示唆された。以上の結果より,レゴリスにおいて,特に微細粒子において,潜在的有害性,リスクを有することが示唆された。