宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 102, 2010

宇宙基地医学研究会

「宇宙基地における環境要因」

2. 宇宙ステーション内微生物叢と健康障害惹起の可能性

槇村 浩一

帝京大学大学院医学研究科·医療技術学研究科

帝京大学医真菌研究センター/宇宙環境医学研究室

Micro-biota in space station and the possible risk of health disorders

Koichi Makimura

Laboratory of Space and Environmental Medicine, Institute of Medical Mycology,Graduate School of Medicine, Graduate School of Medical Technology, and Faculty of Medicine, Teikyo University
 国際宇宙ステーション(ISS)にヒトがいる限り,宇宙にあっても常在菌として,あるいは環境菌としての真菌との関係を断ち切ることは出来ない。これら真菌叢が,宇宙におけるヒト生活環境において機器の健全性に影響を及ぼす事例が報告されており,宇宙飛行士に対する影響も懸念される。
 軌道上もしくはその前後において,乗員の常在真菌叢を調査した研究は,文献上1970年代のアポロ計画以降行われていない。常在真菌叢の構成は,宿主であるヒトの免疫と様々なストレスによって,大きく変動することが明らかにされている。
 そこで,ISS乗員の常在菌叢の構成とその変遷を明らかにすることにより,乗員に与えられるストレスを加味した宿主·寄生体関係の解析を可能にし,以て日和見感染対策に資すことも可能となろう。そのため,「きぼう」を中心としたISS内設備及び乗員における微生物叢の形成とその変遷を明らかにし,その管理を可能にする手段が求められている。
 宇宙環境における微生物研究プロジェクト研究は,演者らの研究グループによって1998年の予備的検討(地上研究)から継続的に行われており,2009年以降は宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究としてISSにおける環境および常在微生物叢と宇宙飛行士の健康障害に関する研究(Microbe-I 2009,およびMicrobe-II 2010,Microbe-III 2012),ならびに宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士の身体菌叢評価研究 (Myco:主任研究者JAXA向井千秋室長)などの宇宙実験を実施している。
 また,有人宇宙環境をはじめとした人工的·閉鎖的有人環境において問題となっている環境および常在微生物による健康障害の管理等,宇宙環境医学上の学際的研究·開発を推進する上では,その対照として院内環境や極地等の地上における人工的·閉鎖的有人環境をフィールドとした研究を行うことも必要となる。
 宇宙ステーション環境は地上におけるバイオロジカル·クリーンルームと同等であり,ここで開発した技術は宇宙に限らず,地上における臨床的技術に直接応用できるものと期待できる。その現状と展望を論じた。