宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 98, 2010

災害非常食体験セミナー

1. 戦闘糧食の技術が支える災害時の食事

別府 茂 

ホリカフーズ株式会社  

Relationship between the combat ration and emergency food

Shigeru Beppu

Forica Foods Co., Ltd

有事など非常時の食事は,古来は兵食,兵糧,さらに現代では戦闘糧食といわれ,体力だけでなく士気と健康を支えてきた。屋外で調理せずにすぐに食べることができ,同時に携帯性,安全性を備えた食品は,明治初期に海外から乾パンや缶詰などの加工食品が導入されて研究が本格化した。食品の常温保存法は,乾燥法,塩蔵法などは古くからあるが,調理済みで即食性があることと原材料と味付けの多様性という点では缶詰,レトルト食品が最も適しており,多くの国が糧食に採用している。これらの製品は,内容物の食品を包装容器に密封し加圧加熱殺菌を施すことにより長期の保存性を有することを特徴としている。その後,更なる加工技術の進展によりドライパック缶詰,フリーズドライ,無菌包装など軽量化と喫食性の向上が図られてきている。これら調理済みの携帯用個人食糧が必要とする基本的条件には,上記以外にも個人別包装,連食性,堅牢性などがある。戦闘糧食は各国でも開発しているが,国ごとの食品加工技術の進展,食文化,食料資源も開発条件となっている。具体的には,日本では缶詰を主体とした戦闘糧食I型,レトルトを主体とした戦闘糧食II型,さらには無菌米飯を採用した戦闘糧食II型改善型が開発されて平常時とほとんど変わらない品質の食事を非常時でも提供できるようになった。海外では,ヨーロッパでは缶詰が多く採用され,アメリカではレトルト,フリーズドライ製品を中心として,いずれも主食,副食を組み合わせ,デザートを加えている献立もあり,厳しい環境下での喫食者のニーズに対応している。
 日本人の主食であるご飯の缶詰,レトルトは喫食前に温める必要がある。また,副食の調理済み食品も温かいものが求められる。加えて,温かい食事は寒さを凌ぎ,ストレスを緩和する効果も期待できるため携帯用の発熱剤の開発もすすめられてきた。携帯用の発熱剤には固形アルコール,生石灰,マグネシウム,鉄などがあるが,最近ではアルミニウムを主原料とする発熱剤が日本で開発され,軽量,高熱量などの点から使用度が増している。
 現代の日本は,情報と物流のネットワーク化によって便利で快適な食生活を実現した。惣菜や弁当は冷蔵,冷凍のコールドチェーンによって支えられ,短い消費期限の範囲であるが時間に関わらず提供されている。しかし,大規模地震の発生周期に入ったといわれる日本にあっては,平時の生活に隠れた危機があることを忘れるわけにはいかない。2000年〜2009年の10年間においてマグニチュード6.0以上の地震は,世界で1,036回発生しているが,世界の0.25%しか国土面積のない日本ではこの内212回発生し20.5%を占めている。今後は,さらに首都直下地震,東南海·東海地震などの切迫性も警告されている。
 地震対策では被災者の生活支援だけでなく,発災と同時に出動して救出,消火,医療,ライフライン応急復旧などに従事する初期対応従事者,および被災者となっても初期対応に加わる住民への食事も不可欠となっている。しかし,これまで被災者向けの非常食は備蓄されることはあっても,災害時の活動や生活に役立つ食事 (災害食) の研究開発は少なかった。これまで,有事での使用を前提に開発されてきた調理済み携帯用個人食糧の技術が,国内外で発生する自然災害において被害を低減するために効果を発揮すると期待されている。