宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 97, 2010

教育講演

宇宙航空環境医学と防衛医学研究

四ノ宮 成祥

防衛医科大学校 分子生体制御学講座

Aerospace and environmental medicine and research in defense medicine

Nariyoshi Shinomiya

Department of Integrative Physiology and Bio-Nano Medicine, National Defense Medical College

防衛医学研究は,基礎医学や臨床医学の知見を災害医学,集団健康医学,危機管理医学,再生医学,異常環境医学,感染症対策など多岐に亘る分野へ生かしてゆく応用医学研究である。これらの分野は自衛隊の研究施設や防衛医科大学校において以前から行われていたが,5年前に発足した防衛医学推進研究の枠組みにより格段の進歩を遂げてきている。一方,宇宙航空環境医学は,無重力など宇宙環境での生理学変化の解明を中心とする宇宙医学,高高度環境での生体応答や加速度変化など航空機搭乗に関連した事象を実学的に検証する航空医学,種々の特殊環境における生体変化を基礎から臨床に亘って広く研究する環境医学などからなる。防衛医学と宇宙航空環境医学は,ともに異常環境医学並びに多岐にわたる応用医学という側面を持ち,多くの接点を有する。
 私は,海上自衛隊勤務の経験から,異常環境分野の一つとして飽和潜水ダイバーの高圧環境下における生理学的応答に関わる研究機会を持ったほか,高気圧酸素が生体に及ぼす効果や一酸化炭素などの微量ガスが持つ働きについて分子作用の観点から研究を進めてきた。このような潜水·高圧医学の研究分野は,高気圧·高酸素分圧環境下での生体応答の解明を目指すもので,物理·化学環境という点では宇宙航空環境医学が取り扱う低圧環境,低酸素分圧と正反対の条件を取り扱うことになる。一方,飽和潜水と宇宙開発は深海海底と宇宙環境という差こそあれ,いずれも閉所環境での人の健康管理を行うという共通の側面や研究手技上の制約を有する。
 本講演では,第一のテーマとして,私が研究してきた異常環境医学分野での結果,特に飽和潜水ダイバーの免疫能や熱ショック蛋白応答などの実験結果をもとに,異常高圧ストレスや高酸素ストレスがどのような生物マーカーの変化と連動するのかについて論じてみたい。また第二のテーマとして,高酸素ストレスが細胞に及ぼす影響について,組織障害に関わる接着分子や熱ショック蛋白とNOの関連の面から考えてみたい。さらに,酸素効果が細胞障害を発揮する際の分子メカニズム検証についての実験例をもとに,癌治療への応用面についても述べてみたい。高酸素のメリットを利用した治療(高気圧酸素療法)の対象となる代表的疾患に一酸化炭素(CO)中毒があるが,近年,このCOが低酸素症を引き起こすだけでなく微量ガスとして生体内において活性を持つことがわかってきた。そこで第三のテーマとして,COが細胞内シグナルに及ぼす影響についての新たなデータを紹介したい。
 一方,昨年問題となった新型インフルエンザの空港検疫について,空港業務が関連する航空医学という観点から話題提供を行いたい。成田空港機内検疫には防衛省から人的支援を行ったが,その有効性については今もって根拠ある検証がなされている訳ではない。そこで,検疫実施後のfollow upの持つ意味といった新たな切り口から検証した結果についても紹介したい。
 このような多方面の研究から得られた結果をもとに,宇宙航空環境医学と防衛医学研究との関連性について論じてみたい。