宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 91, 2010

シンポジウム/宇宙航空医学認定医セミナー

「適性と選抜」

3. 航空自衛隊操縦者の場合

燗c 裕子

航空自衛隊 航空医学実験隊

Aptitude and selection for Japan Air Self-Defense Force pilots

Yuko Takada

Aeromedical Laboratory, Japan Air Self-Defense Force

航空自衛隊は,空からの侵略を警戒し,防衛するという重要な役割を担っており,即応能力を常時維持しなければならない。そして,任務を効率的にかつ安全に遂行するためには,高い能力を有するパイロットが必要である。パイロットのうち,特に,高い機動性を有する戦闘機パイロットの場合,地上とは異なる特殊環境(高G,低圧,暑熱,3次元環境等)に曝されるため,これに耐えうるだけの身体的な健康,あるいは,緊急時にも冷静に状況の変化に対応することができる情緒的な安定性を有していることが求められる。その上で,パイロットは複雑かつ多数の情報を知覚,認識,予測し(状況認識能力),何が必要かを瞬時に正しく判断し(判断力),判断した行動を,正確かつ円滑に,航空機の操作として反映させなくてはならない(精神運動能力)。
 航空自衛隊では,パイロットを養成するため,毎年,防衛大学,一般大学,高校生等を対象として,試験を実施し,一定数の人員をパイロット要員として選抜している。選抜された要員は,約2年間の教育訓練を経て,パイロットとなる。彼らは,多くの志願者から選ばれた者であり,資質,意欲とも高いと推測されるが,毎年,何人かの学生が,教育訓練中に能力的側面から脱落したり,自ら訓練途中で訓練辞退を申し出て,訓練課程を去っている。
 教育訓練で脱落するものを極力抑えるためには,採用時の選抜が重要となる。定められた期間内に,一定の知識,技量を習得するため,採用時には,学科·技量を習得することができる知能(学習能力,適応力)や,情緒の安定性は勿論,教育訓練を修了するに足る高い意欲,集団生活,教官との人間関係を良好に保つために必要な協調性などが基本として備わっていなくてはならない。採用時に必要な航空自衛隊におけるパイロット要員としての適性とは,将来,操縦業務を遂行するために必要な知識や技能等を習得して,能力を十分に発揮しうる可能性であるといえる。航空自衛隊では,身体検査の基準を満たした受検生の中から,これらの適性を評価するために,選抜試験初期の段階で,学科試験,紙筆の知能検査を実施し,ある程度,受検生をしぼったのち,総合的な適性を評価するための実際の飛行機を操る飛行検査,主として情緒的な安定性を欠いたものを把握するための心理面接を行い,身体検査結果ともあわせ,最終的な合格者を決定する。
 航空医学実験隊では,少子化やゆとり教育等の影響による受検者数の減少,資質の低下等に起因する訓練中途の脱落者の増加といった懸念事項に対応するため,検査内容の見直しによる検査精度の向上に関する研究を開始した。性格·意欲面に関しては,近年,定説となっている5因子理論を用いた性格検査に関する研究を行い,より深く受検生の内面を捉える方法に関して検討を行い,能力的側面に関しては,現行の検査で不足していると思われる能力の測定に関する検討を行っている。今後は,航空機技術の発展等に伴う操縦者に求められる資質の変化についても検討を加え,新たな適性検査を開発していく必要があると思われる。