宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 90, 2010

シンポジウム/宇宙航空医学認定医セミナー

「適性と選抜」

2. 日本人宇宙飛行士の適性と選抜

井上 夏彦

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部

The Suitability and selection procedures for Japanese astronaut

Natsuhiko Inoue

Japan Aerospace Exploration Agency

宇宙航空研究開発機構(JAXA)では,2008年度に,「きぼう」日本実験棟の運用·利用を確実に行うため,国際宇宙ステーション(ISS)への長期滞在に対応可能な日本人宇宙飛行士の候補者を新規に募集·選抜した。約一年に渡る選抜作業により,963名の応募者から最終的に3名の候補者が選ばれ,現在ではアメリカ航空宇宙局において米国·カナダの候補者達と共に,宇宙飛行士となるための訓練に参加している(http://iss.jaxa.jp/astro/)。
 ISS宇宙飛行士には,医学的な健康状態や語学能力の他にも,ISS/きぼうシステムの運用と各種実験を実施するための「確かな専門性と他分野への適応性」と,最大6ヶ月の長期滞在を各国の宇宙飛行士と共に滞りなく完遂するための「宇宙での長期滞在への適応能力,チームワーク」という技術的適性と心理的適性の両面が求められる。これらの適性を評価するために,JAXAでは書類選考を通過した230名の受験者に対して,3段階からなる選考を行った。
 第一次選抜では,公務員試験のような一般教養·専門的知識·心理適性に関する筆記試験と,人間ドックレベルの医学検査を行い,これにより50名を選抜した。続く第二次選抜では心理学·精神医学,語学力(英語),一般教養·専門能力のそれぞれの観点から面接を実施し,筆記試験より深い評価を行うとともに,国際合意に基づき宇宙飛行士に要求されるさらに詳細な医学検査を行った。これらの多面的な評価をくぐり抜けた10名の受験者に対して,さらに第三次選抜が実施された。
 第三次選抜では,技術的適性と心理的適性をより詳細に評価するために,閉鎖環境滞在試験が設けられていることが最大の特徴である。受験者は筑波宇宙センターにある閉鎖環境適応訓練設備(http://iss.jaxa.jp/ssip/ssip_atf.html)に6泊7日間滞在し,日中は様々な課題をこなすと共に,他の受験者と共同生活を行う。この設備にはカメラ/マイクが設置されており,受験者の行動は逐一観察可能となっている。第一次/第二次選抜時の面接/検査で回答された酷K性が実際に行動として顕れるかに加えて,面接/検査では評価しにくい対人関係能力や集団内で仕事を動かす能力を,専門家及びJAXAマネジメント層職員が観察により評価する。またこの選抜の過程では,米国ヒューストンにあるジョンソン宇宙センターにて,NASA及びJAXAの宇宙飛行士と面接を行い,宇宙飛行士の目から見た適性評価も行われる。
 宇宙飛行士の選抜は,このように他に類を見ない検査·面接·観察による複合的な評価から構成されている。本シンポジウムでは,航空自衛隊/民間エアラインでの適性·選抜手法と比較することで,宇宙飛行士の職業特性を明らかにすると共に宇宙飛行士選抜手法の妥当性について考察したい。