宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 87, 2010

特別シンポジウム

「ISS利用ライフサイエンス及び宇宙医学分野の国際公募研究」

4. 前庭-血圧反射の可塑性とその対策

森田 啓之1,安部 力1,田中 邦彦1,山本 義春2

1岐阜大学大学院 医学系研究科
2東京大学大学院 教育学研究科

Plastic alteration of vestibulo-cardiovascular reflex and its countermeasure

Hironobu Morita1, Chikara Abe1, Kunihiko Tanaka1, Yoshiharu Yamamoto2

1Gifu University Graduate School of Medicine
2Graduate School of Education, The University of Tokyo

重力の大きさおよび方向(姿勢変換時)が変化した時の血圧調節における前庭系の重要性について,ラットを用いた研究を報告してきた。例えば,過重力負荷時には,静水圧差が増加するため血液が末梢方向へシフトして静脈還流量·心拍出量が減少し,血圧が低下する。同時に,この重力変化は前庭系で感知され, 前庭-血圧反射を介して血圧が上昇する。 前庭-血圧反射による血圧調節は,血圧変化に基づいて血圧を調節するのではなく,重力変化に基づいて,feedforward的に血圧を調節するためその効果発現は迅速であるが,大きな制御誤差が生じる。この誤差はfeedback調節系である圧受容器反射により補正される。すなわち,重力変化時の血圧調節は,前庭-血圧反射によりとりあえず血圧が危険なレベル以下に低下しないように調節し,その後圧受容器反射により精緻な調節がなされる。ところが,前庭系は可塑性の強い器官であり,ラットを異なる重力環境(過重力環境)で飼育すると,前庭-血圧反射の可塑性が生じ,調節力が減少する。過重力環境下では,ラットの行動量が20%以下に低下することから,日常の行動に伴う前庭系へのphasicな入力が減少することによりuse-dependent plasticityが生じたと考えられる。このことは,以下の2つの実験結果からも支持される。1)飼育ケージの屋根を低くしてラットの行動を制限して飼育すると,前庭-血圧反射の可塑性が生じる。2)過重力環境で飼育中に微小な前庭電気刺激(galvanic vestibular stimulation)を与え続けることにより,可塑性を予防できる。
 動物実験で確かめられた前庭-血圧反射の重要性をヒト検証するためには,非侵襲的·可逆的に前庭-血圧反射を遮断する方法が必要である。この方法として,強いGVSにより重力変化に基づく前庭系への入力をマスクする方法を提案し,前庭破壊と同程度に前庭-血圧反射を遮断することを確かめた。強いGVSを用い,起立時の血圧調節に前庭-血圧反射が重要な役割を果たしていることを被験者実験で証明した。宇宙の微小重力環境では,前庭系への入力が最小になるため,前述のuse-dependent plasticityが生じ,宇宙から帰還後に前庭-血圧反射が働かず,起立時に血圧が低下する可能性がある。この一連の仮説を証明し,前庭系のuse-dependent plasticityに対する予防策を提案することが今回採択された国際公募研究の目的である。宇宙飛行1〜3か月前と帰還後2〜3日後に60°頭部挙上試験(HUT)を行い,姿勢変換時の血圧調節における前庭-血圧反射の関与が,宇宙飛行前後で変化するかどうかを調べる予定である。前庭-血圧反射を遮断するためのGVSは,皮膚電極を介して前庭系を電気刺激することにより行う。連続的に血圧を測定しながら,GVS有(前庭-血圧反射遮断)およびGVS無(前庭-血圧反射正常)でHUTを行う。正常人では,GVS(無)HUTでは血圧は低下しないが,GVS(有)HUTでは,17±2 mmHg低下する。帰還後,前庭-血圧反射の調節力が低下していれば,GVSの有無に関わらず,血圧が低下するはずである。微小重力暴露による前庭-血圧反射の可塑性を確かめることは,帰還後の起立耐性低下に対する予防を考える上でも重要である。