宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 85, 2010

特別シンポジウム

「ISS利用ライフサイエンス及び宇宙医学分野の国際公募研究」

2. 宇宙実験「長期宇宙滞在中の傾き感覚の形成に対する視覚と頸部深部感覚の関与」の紹介

和田 佳郎

奈良県立医科大学 第一生理

Introduction of ISS experiment plan:Visual and neck proprioceptive contributions to perceived head and body tilt during long-term space life

Yoshiro Wada

Department of Physiology I, Nara Medical University

“傾斜感覚”は重力軸が基準である。したがって,重力軸のない宇宙では“傾斜感覚”は存在しないと考えられてきた。ところが,それを証明するためにおこなわれた宇宙実験(16日間滞在)において,横方向の遠心加速度刺激により宇宙飛行士に地上とほぼ同様の“傾斜感覚”が生じ(Clement et al., 2001),さらにはroll傾斜を代償する回旋性眼球運動Ocular counter-rolling(OCR)が誘発される(Moore et al., 2001)という予想外の結果が得られた。その理由は未だよくわかっておらず,私たちは「宇宙滞在直後は地上の空間識の記憶が残存するが次第に消失し,それに代わって宇宙船内の上下軸という外界を基準とした空間識あるいは自分自身の身体軸を基準とした空間識が形成される」という仮説を立て,これまで研究を進めてきた。そして今回,「長期宇宙滞在中の傾き感覚の形成に対する視覚と頸部深部感覚の関与」というタイトルで応募していた研究内容が,国際宇宙ステーション長期滞在中の宇宙飛行士を対象にした公募研究(2013年実施予定)に選定されたのでその内容を紹介する。
 宇宙実験はPIを和田佳郎,CIを平田豊(中部大学),金子寛彦(東京工業大学),柴田智広(奈良先端科学技術大学院大学)として実施する。重力の無い宇宙では“傾斜感覚”の評価方法として自覚的な重力方向を回答させるSVV(Subjective visual vertical)は使えない。そこで今回の宇宙実験では自覚的な身体軸方向を回答させるSVBA(Subjective visual body axis)という評価方法を採用する。実験の内容は,被験者の身体軸と船内の上下軸の角度(0,15,45,90,135度)を変化させた状態で頭部を直立あるいは左右に傾斜させ,視覚情報がない条件とある条件にてSVBAとOCRを6ヶ月間の宇宙滞在前(pre),中(in),後(post)にわたって経時的(SVBAはpre 2回,in 10回,post 3回の計15回,OCRはpre 2回,in 5回,post 3回の計10回)に測定する。SVBAやOCRが船内の視覚情報により影響を受ければ視覚,頭部傾斜により影響を受ければ頸部深部感覚が宇宙での空間識形成に関与していることがわかる。現在,航空医学実験隊の空間識訓練装置や奈良先端科学技術大学院大学の傾斜椅子と大型スクリーンを用いた実験を実施しており,地上におけるコントロールデータを蓄積中である。また,航空機によるパラボリックフライト飛行中の微小重力環境下での模擬実験も計画中である。それらの実験結果により,宇宙実験の具体的な方法や条件を決定していく予定である。