宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 78, 2010

一般演題 

34. 飛行訓練時の交信音声に反映される精神的緊張の変化

荒毛 将史,竹内 由則

航空自衛隊 航空医学実験隊

Changes of mental strain on the communication voice of pilot candidates in flight training

Masashi Arake, Yoshinori Takeuchi

Aeromedical Laboratory, JASDF

これまでのストレス調査では,カテコールアミンやコルチゾール等のホルモンを評価指標とする方法や,質問紙による主観評価が多く採用されてきた。これらの方法は血液や尿の採取や質問紙記入のために調査対象者を拘束しなければならず,ストレスのモニタリングを最も必要とする作業中の人間からそれらのデータを得て迅速に評価する事は困難である場合がある。航空自衛隊においても飛行場や訓練施設でストレス評価を実施しているが,同様の点が課題となっている。より実用的なストレス評価指標には,評価対象者を拘束しない事,リアルタイムなモニタリングが可能である事が求められる。そこで航空医学実験隊では音声分析に着目してきた。
 ここでの音声分析とは発話音声から発話者の何らかの精神状態を推定する試みを指す。既に様々な手法が検討されており航空医学実験隊では,基本周波数を用いて緊急事態時のストレス状態を音声から分析する手法を開発した。しかし近年ではより日常的なレベルのストレスを対象とするため,欧州の企業や警察等で導入実績があるLayered Voice Analysis(LVA, Nemesysco社製)という音声分析ソフトを用いた研究を実施している。
 例えば精神的な緊張度が高まると考えられる横風条件下での着陸進入場面をフライトシミュレータにより模擬し,状況報告の音声からパイロットの精神的な緊張度を推定する試みを行った。精神的な緊張度の推定にあたり,心拍数が緊張度を表す指標の一つとして多くの先行研究で用いられていることから,心拍数と音声との比較を行った。水平飛行·降下·地上滑走のフェーズ毎に分析を実施した結果,地上へ近づくに連れて心拍数が増加していた。またLVAにより算出される指標でも同様の変化傾向が得られた。そのため,ストレス事態である精神的な緊張をLVAにより評価できる可能性が示された。
 そこで本研究では実場面に近い音声の分析を目的として,パイロット学生9名(全て男性)が飛行訓練中に管制塔と交信を行う際の音声を管制塔にて収集した。採用後初めて実際の航空機を操縦する課程に在籍する学生を対象としたため訓練課程初期の緊張度は高く,中期,後期に向けて訓練への習熟と共に低下していくものと予想した。緊張が低下する過程を,LVAを用いた音声分析により捉えられるか検討するためにRyan法により検定全体の有意水準を5%以下に調整し,測定時期間でWilcoxonの符号付順位検定を実施した。その結果,精神的ストレスを反映する指標とされているSPTについて中期と後期の間にのみ有意差が認められた(T=28, p=.016)。すなわち,音声に反映される緊張は初期から中期にかけて高い状態にあり,後期になると低下したと解釈できる。また,SPTは平常時で350程度とされているが,本研究では全測定時期において700以上と非常に高いレベルにあった。
 以上の結果から,LVAを用いた音声分析は,シミュレータによる実験場面だけでなく実場面の音声を用いても精神的緊張を捉えられ,教育評価等へ応用出来る可能性が示唆された。