宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 76, 2010

一般演題 

32. 視覚性に誘発されるリーン錯覚の検討

長谷川 達央

京都府立与謝の海病院 耳鼻咽喉科
京都府立医科大学 耳鼻咽喉科学教室

The property of visually induced lean illusion

Tatsuhisa Hasegawa

Department of Otolaryngology, Kyoto Prefectural Yosanoumi Hospital
Department of Otolaryngology, Kyoto Prefectural University of Medicine

【目的】 リーン錯覚とは航空機搭乗中に機体が傾いていないにもかかわらず,傾いているという錯覚を生じる現象である。一般的には緩徐に傾斜した機体を急に立て直した際に生じる前庭知覚由来の錯覚を指すが,雲頂部など水平線と想起される視覚刺激が傾斜して提示されたときにもこの現象が見られることが知られている。今回,刺激の提示時間,傾斜角度などがリーン錯覚に与える影響を検討した。
 【実験1】 刺激の提示時間による,リーン錯覚の変動を検討した。10人の健常被験者の前方40 cmに透過型スクリーンを設置し,水平線を含む半径49 cm(視野角100度)の実写画像を0度,±5度(時計方向を+とした),±10度傾斜させて提示し,10秒ごとに1分間自覚的視性垂直位(subjective visual vertical:SVV)を計測した。結果,±5度では,刺激提示後10秒では0度の刺激提示時と有意な差はみられなかったが,刺激提示20秒後以降では視覚刺激の傾斜方向に有意にSVVが偏位した。±10度では視覚刺激提示10秒後より,有意なSVVの偏位がみられた。SVVは5度の時は刺激の傾斜方向に2.6度,10度の時は3.6度偏位した。
 【実験2】 視覚刺激の傾斜角度によるリーン錯覚の変化を検討した。実験1と同じく10人の被験者に対して視野角100度の実写画像を提示して行った。 視覚刺激を0度, ±10度,±20度,±30度,±40度と傾斜させて提示し,10秒ごとに1分間SVVを計測し,その平均値を被験者毎に検討した。結果,10人中7人の被験者で±10度の刺激の時に,3人の被験者で±20度の刺激の時にSVVがもっとも大きく偏位した。全被験者の集計では, ±10度の時にもっとも大きく偏位し,傾斜角度が増大するにしたがってSVVの偏位は漸減し,±40度では,0度の視覚刺激提示時と有意な差がみられなかった。
 【考察】 視覚性に自覚的な垂直軸が偏位する現象として,frame and rod effect(FRE)がしられている。FREによるSVVの偏位は1.2-6度と実験条件による差異が大きく,今回の±10度の視覚刺激で4.2度というSVVの偏位の大きさ自体は,今回の実験系に特異的なデータである可能性があると考えられた。視覚性に生じるリーン錯覚の至適角度が今回±10度という結果であったが,FREの至適傾斜角度は15-28度とされており,リーン錯覚の方がより小さい視覚刺激の傾斜で強く誘発されることが分かった。
 【結論】 視覚性に誘発されるリーン錯覚は視覚刺激の傾斜が±10度の時,強く誘発される。