宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 75, 2010

一般演題 

31. ヘリコプター搬送と陸路搬送による加速度変化の違いと患者自律神経活動への影響の検討

立石 順久1,北村 伸哉2,水野 光規2

1千葉大学大学院 医学研究院 救急集中治療医学
2君津中央病院 救急集中治療科

Difference of acceleration during transfer by helicopter and ambulance, and it is effect on autonomic nerve activity

Yoshihisa Tateishi1, Nobuya Kitamura2, Mitsunori Mizuno2

1Department of Emergency and Critical Care Medicine, Chiba University Graduate School of Medicine
2Department of Emergency and Critical Care Medicine, Kimitsu Chuo Hospital

【はじめに】 近年ヘリコプターの救急活用による病院前の医療行為の有効性や,搬送時間の短縮などの利点が明らかにされてきたが,搬送手段の違いが患者病態に及ぼす影響についての検討はあまり行われていない。ヘリコプター搬送では上下方向や回旋加速度がかかるほか,騒音が大きく,気圧の変化も見られる。一方,救急車は前後方向の加速度変化が大きく,路面状態によっては振動が大きくなるなどの問題がある。戦闘機では急旋回時に重力の9倍にも及ぶ加速度がかかるとされ,その際の人体への影響や対策についての研究は進んでいる。一方,救急車では急停止時に最大7-8 Gの加速度がかかるとの報告もあるが,通常搬送時に過度な加速度変化に対する対策はとられておらず,また患者に実際どの程度の影響があるのか十分検討されていない。また,ヘリコプター搬送における検討もほとんどない。そこで今回我々はヘリコプターと救急車による患者搬送時の加速度変化の特徴と,患者への影響を自律神経活動の変化から検討したので報告する。
 【対象と方法】 ドクターヘリから救急車に乗り換え,あるいは救急車からドクターヘリに乗り換えた5症例で,頭を進行方向に向けた状態で患者を固定したバックボード上に加速度計付き心電図(アクティブトレーサー,®GMS)を装着した。加速度は,前後,左右,上下の3軸でそれそれ0.2秒ごとに測定した。同時に心電図も連続的に計測し,後にMemcalc(®GMS)を用いて心電図RR間隔から自律神経活動の指標とされるheart rate variability(HRV)周波数解析を行った。
 【結果】 ヘリコプター搬送中は,前後,左右の加速度変化はほとんど見られず,上下方向のみ100から200 mGの連続性の加速度変化を認めたが,HRVの値に大きな変化は認めなかった。一方救急車では上下方向に加えて前後,左右の断続的で最大0.5 G程度の加速度変化を認めた。心拍数には一定の変化を認めなかったが,大きな加速度変化に併せて自律神経バランスを示すとされるLF/HFが上昇しており,加速度変化が交感神経刺激となっている可能性が示唆された。5症例におけるヘリコプターと救急車の搬送中の加速度及びHRVを比較したところ,前後及び左右方向の最大加速度が救急車で有意に大きかった。また,HRVでは,交感神経と副交感神経のバランスを示すLF/HFが救急車搬送で有意に高く,交感神経活動の亢進を引き起こしていることが示唆された。
 【考察】 Lawlerは救急車の発進·停止に伴う加速度変化が患者の脳圧や循環動態に影響することを報告しており,佐川らは加速度変化が動揺病の発症と関連しており,動揺病で自律神経活動が乱れることを報告している。また江崎らは,クモ膜下出血患者の搬送において,救急車搬送群では126例中17例に再破裂を認めたのに対し,ドクターヘリ搬送例では再破裂を認めなかったと報告している。このことは,ヘリコプター搬送が患者の搬送時の負荷を減らしている可能性を示唆すると共に,医師同乗による各種ストレス軽減策が良好に作用した可能性も示唆している。救急車による陸路搬送は前後·左右方向への加速度変化が大きく,交感神経刺激となっている可能性が示唆され,ヘリコプター搬送は比較的加速度変化が小さく,自律神経の活動性の変化も小さかった事から,今後搬送中の自律神経活動の変化が実際に有害事象と関連するかをさらに検討し,関連がみられる場合は,薬剤により環境負荷の影響の軽減を積極的に行うことも必要と思われた。