宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 74, 2010

一般演題 

30. 航空搬送の事故例について

吉田 泰行1 ,井出 里香2,田部 哲也3

1千葉徳洲会病院 耳鼻咽喉科·健康管理課
2東京都立大塚病院 耳鼻咽喉科
3島田台病院 耳鼻咽喉科

About the accident cases of air medical and rescue transport

Yasuyuki Yoshida1, Rika Ide2, Tetsuya Tanabe3

1Department of Otorhinolaryngology and Health Administration, Chiba Tokushukai Hospital
2Department of Otorhinolaryngology, Metropolitan Hospital of Ohtsuka
3Department of Otorhinolaryngology, Shimadadai Hospital

演者らは既に第50回·第53回の本学会に於いて航空医療搬送の事故例について報告と検討を行った。今回は山岳救助搬送も含め事例の検討を行ったので報告をする。
 航空医療搬送の人的被害を伴う事故例は既に本会で報告したとおり2例,西南諸島の救急医療搬送に際して生起している。一方山岳救助搬送に際しても回転翼機にて近年2例発生しており計8名死亡している。日本では事故統計を取るほどの航空搬送の規模が無いため,航空搬送先進国の米国の統計を参考にすると,報告者によって違いは有るが,航空医療搬送に於いても年間約10件前後の死亡事故が発生している。同じく米国の統計では救急搬送の方が事故率が高くなっており,これは無理をしてでも救急患者を搬送しようという圧力が背後に有ると考えられる。シカゴ大の報告では,救急搬送が一番事故率が高く,次いで一般とある自家用機であり,エア·ラインを含めた全航空機の事故率が一番低くなっているのはエア·ラインの事故率が低いからであると考えられる。
 航空搬送を演者なりに分類してみると,先ず @ ドクターヘリと言われる都市圏に於ける救急医療搬送で近距離ながら緊急性が有るもの,A 離島に於ける救急医療搬送で長距離の飛行が要求され,滑走路も確保し難いもの,B 次いで山岳に於ける救急搬送で必ずしも医療搬送とは限らないが通常は収容後医療機関への搬送が行われるが,救助に際しては気流等の気象条件が難しいもの等が有る。
 航空搬送の事故原因としては,先ず通常の航空機事故と同じもので,機体整備の問題である。事故原因の2割が機体の不備でその半分がエンジントラブルと言われている。一方航空機の運用面では他の航空産業との違いが有り,一番大きなものはヒューマンファクターであろう。此れらは通常の航空機事故でも重要な要因であるが,例えば搬送患者の重症度は知らせないと言った運用面の決まりがある事は運行乗務員への心理的圧力の問題が大きいことを物語るものである。更には乗員として運行とは関係無い医療従事者の存在はコックピット内のコミュニケーションの問題も提起すると思われる。
 事故防止の為には,今のべた事に対するものとして機体整備等のハード面に関するもの,運用等のソフト面に関するものが有り,ヒューマンファクターの関与も大きくコミュニケーションの関わるものにはコックピット·リソース·マネジメントの導入も必要である。又労働衛生で言われているハインリッヒの法則の,ヒヤリハットの先に小事故·小事故の先に大事故という統計的分析に基づけば,事故に至らなかった事例の分析で事故を防ぐということは既に行われている。更には当然のことながら事故調査の重要性であるが,此の際は同じ原因で将来起こるであろう事故を確実に防ぐためには真実の証言が必要であり,此れを保証した国際条約でありグローバル·スタンダードでもあるシカゴ条約の国内での厳密な運用が必要である。
 我が国の航空搬送の事故例に関して,発生した事例·人的損害について報告し,併せて事故の原因·予防に就いて考察した。