宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 73, 2010

一般演題 

29. 自然音によるストレス関連物質唾液アミラーゼへの影響と気分の変化

小野 綾子,福土 審

東北大学大学院 医学系研究科 行動医学

The effect to saliva amylase, a stress-related substance, and changes of mood by natural sound

Ayako Ono, Shin Fukudo

Department of Behavioral Medicine, Tohoku University Graduate School of Medicine

【背景】 人類の活動が地球外に拡張され,特殊環境でストレスを軽減する方法が求められている。特に,刺激の性質がヒトのストレス応答をどのように決めるかという問題は,未だ不明である。この問題を解決できれば,ストレス関連疾患の克服と予防に繋がる。例えば,国際宇宙ステーションでは狭い空間で複数人数が長期間滞在し正確な作業を行わなければならず,昼間の工業地帯と同レベルのノイズ(約60 dB)であり,宇宙飛行士は耳栓をしたり音楽を聴いて適応しているが,音楽は個人による嗜好性が強く,一般的·普遍的な知見を獲得しにくい。一方,自然音であれば,一般的·普遍的な知見が期待できる。
 【目的·方法】 本研究では以下の仮説を検証した。主仮説は,自然音の刺激がストレス応答を減弱させる。副仮説は,自然音の刺激が認知行動処理を改善させる。
対象は18〜23歳の健常男性12名である。視覚(集中力と抑制を要求するGo/Nogo課題,又は自然環境映像)と聴覚(ノイズ,又は時折鳥の鳴声が入った小川のせせらぎの自然音)をコンピュータと高性能なヘッドマウントディスプレイ,およびヘッドフォンを用い,視覚2種·聴覚2種の組み合わせを4条件としてランダム化し負荷した。ベッド上仰臥位で開眼安静を基礎状態とし,視聴覚刺激提示3分後に唾液採取,アミラーゼモニターで測定した。3分間閉眼させ,脳波基礎波,心電図を記録し,開始約8分後に血圧を測定,終了時に条件による気分の変化をProfile of Mood States(POMS)で測定し,安静基礎状態とストレス4条件の5条件のストレス応答を比較した。5条件の間,脳波と心電図の記録を持続した。Go/Nogo課題は正解数と反応時間を測定した。データは脳波基礎波を高速フーリエ変換でα·β·δ·θ波パワー値を算出し,心電図は心拍変動解析によるHigh frequency (HF)とLow frequency (LF) パワー値ならびにその比(LF/HF)を測定し,血圧は収縮期血圧値と拡張期血圧値を得た。以上の結果を平均値+/−標準偏差で示した。統計はSPSSで一元配置分散分析を行い,Go/Nogo課題に対してはpaired t検定を用いた。
 【結果】 一元配置分散分析にて,唾液アミラーゼは有意に変動し(p=0.016),多重比較 Post hoc testでは自然環境映像·自然音の組み合わせでノイズに比して有意に減少(p=0.026),同様にGo/Nogo課題でもノイズに比して自然音で有意に減少した(p=0.022)。POMSで測定した緊張·不安も一元配置分散分析にて有意に変動し(p=0.016),Post hoc testでは自然環境映像でノイズに比して自然音で有意に不安·緊張が減少(p<0.05),Go/Nogo課題でもノイズに比して自然音で有意に不安·緊張が減少した(p<0.05)。更に,自然環境映像·自然音の組み合わせでGo/Nogo課題·ノイズの組み合わせに比して有意に不安·緊張が減少した(p<0.05)。
 【考察·結語】 唾液アミラーゼは脳から脊髄の交感神経を介し分泌されることから,自然音が交感神経活性を部分的に抑制し得ることが示唆される。万人に好まれる自然音は音環境の改善に利用可能だと考えられた。自然音によりストレス応答を減弱できるという主仮説が支持された。宇宙への長期滞在などで,今後ストレス負荷を軽減するために,自然音の利用が有効であると考えられる。