宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 69, 2010

一般演題 

25. 長時間椅座位における下腿と下腹の随意的静的筋収縮は膝上の血流を促進する

稲村 欣作

富士常葉大学 総合経営学部

Muscle contractions in the calf and abdomen enhance blood flow in the knee

Kinsaku Inamura

College of Business Administration, Fuji Tokoha University

【はじめに】 人体は,長時間の静止姿勢を取ると,重力による血液下降のため,体の低いところに局所血液貯留を引き起こす。稲村らは,この場合に働く血液下降補償作用の一つとして,体液量変動1分波による局所血液貯留補償作用をみいだした。その後,この体液量変動1分波における作動機序の知見を応用し,下腿と腹部の筋ポンプを利用した長時間立位における起立性低血圧防止法を開発した。しかし,座位における体液量変動1分波の作用についてはまだ検討していない。そこで本研究では,長時間椅座位において,体液量変動1分波の波長に近い周期で,交互に行う下腿及び下腹部のアイソメトリック運動が,膝上の組織血流を促進するかどうかを検討することを目的とした。もし,下腿と下腹部のアイソメトリック運動が膝及び膝上部の組織血流量を増加する効果を示すならば,2004年新潟県中越地震で死亡者がでて注目を浴びた,「エコノミークラス症候群」(深部静脈血栓症/急性肺血栓塞栓症)の予防法として,長時間身動きできない場合に使用できると考える。
 【方法】 被験者は,健康な男子学生9名(年齢:20.2±0.5 yr,身長:175.1±1.7 cm,体重:66.0±2.8 kg)とした。基準条件を安静椅座位,実験条件を椅座位でアイソメトリック運動を繰り返すとし,それぞれ40分間の体液量変動1分波(ラバーストレインゲージプレチスモグラム法による身体周囲長14カ所)と体循環指標(近赤外線分光法による大腿膝上部の組織中総ヘモグロビン量と組織血液酸素飽和度,連続血圧測定装置による最高血圧,最低血圧,平均血圧,心拍数,心拍出量)の継時的測定を行った。データ分析では,周波数分析により1分変動·波の検出および1分変動·波の位相分析を行うと共に,体循環指標における条件間の平均差を対応のあるtテストにより統計検定(有意水準P<0.05)した。
 【結果】 身体周囲長のデータを周波数分析した結果,安静時には先行研究と同様の0.0117〜0.0146 Hz (周期:85〜70 s)の体液量変動1分波が下肢から首のレベルまで伝播していた。運動時では,筋収縮により生じた体液量変動1分波(周波数:0.0166 Hz,周期:60.2 s)が下肢から首まで伝播していた。体循環指標データの周波数分析の結果,安静時と運動時それぞれの体循環指標には,全ての測定データにおいて体液量変動1分波と同じ周波数の変動成分が含まれていることが明らかになった。
 体循環指標における平均差の検定結果では,膝上で測定した組織中総ヘモグロビン量と組織血液酸素飽和度の平均値が実験条件で有意な増加を示し,膝上大腿部血流の増加を示唆した。また,心拍数が有意に増加したが,平均血圧には有意な変化がなかった。膝上大腿部血流の増加は,主として筋ポンプと心拍数の増加によるものと思われた。
 以上の結果から,結論として,椅座位における1分周期の下腿と下腹部におけるアイソメトリック運動は,膝上大腿の血流量を増加する効果があると思われる。また,大腿は膝より中枢近位にあるので,これより遠位の膝の静脈血流も増加していると思われる。本研究で行った運動は,近年話題になった,エコノミークラス症候群(深部静脈血栓症/急性肺血栓塞栓症)の防止に使える可能性があると考える。