宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 67, 2010

一般演題 

23. メダカを用いた筋萎縮モデルに関する考察

中尾 玲子1,寺田 昌弘1,須藤 正道1,2,新堀 真希1,浅香 智美1,向井 千秋1

1宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室
2東京慈恵会医科大学 宇宙航空医学研究室

Discussion about the probability of Medaka as the model of skeletal muscle atrophy

Reiko Nakao1, Masahiro Terada1, Masamichi Sudoh1,2, Maki Niihori1, Tomomi Asaka1, Chiaki Mukai1

1Japan Aerospace Exploration Agency, Space Biomedical Research Office
2Division of Aerospace Medicine, The Jikei University School of Medicine

【背景】 長期宇宙飛行では,骨格筋量·筋力が約10〜20%減少すると言われている(廃用性筋萎縮)。骨格筋の萎縮の原因として,生体内における蛋白質分解系,特にユビキチン·プロテアソーム系の亢進が挙げられる。実際に,宇宙フライトを行ったラットの腓腹筋ではユビキチン化された蛋白質が蓄積していること,坐骨神経切除·後肢懸垂など筋萎縮モデル動物の腓腹筋では,atrogin-1,MuRF-1,Cbl-bなどのユビキチンリガーゼ(分解すべき基質蛋白質に,ユビキチン分子を付加する酵素)の発現が増大することが報告されている。
 我々は,宇宙に長期滞在する飛行士の健康リスク軽減策の確立を目指して,ヒトを対象とした臨床研究だけでなくモデル生物を用いた基礎研究を行っており,メダカを用いた軌道上実験を行う予定である。メダカは,宇宙でその一生を観察できる脊椎動物であり,ヒトとよく似た遺伝子を持つだけでなく,ユビキチン·プロテアソーム系による蛋白質分解機構を持つこともわかっている。そこで本研究では,メダカの骨格筋萎縮モデルの確立と,その評価法について検討する。
 【方法】 ラットやマウスでは筋萎縮モデルとして坐骨神経切除,後肢懸垂などが用いられるが,水生動物であるメダカにおいてこのようなモデルは適用できない。メダカは変温動物であり,低温になると活動量が減少する。そこで本研究では,骨格筋活動を抑制するために低温環境(4°C)で3ヶ月間飼育したメダカを用いた。低温飼育したメダカ,対照群として室温(22°C)で飼育したメダカの凍結横断切片を作成し,レーザーマイクロダイセクション法を用いて筋線維を分離した。この筋サンプルからmRNAを抽出し,atrogin-1のプライマーを用いたRealtime RT-PCR法に供した。
 【結果と考察】 筋萎縮マーカーであるatrogin-1 mRNAの発現は,低温飼育により約2倍増大した。低温飼育下では摂食量も著しく低下する。今後は,低温飼育時のメダカの行動解析を行い,atrogin-1 mRNAの変動が活動量の低下によるものか,摂食量の低下によるものかを検討する予定である。さらに,レーザーマイクロダイセクション法を用いて遅筋,速筋を分けて採取し,低温飼育がそれぞれのタイプの筋線維に及ぼす影響を遺伝子·蛋白質レベルで解析する予定である。また,今回低温飼育したメダカでは,腹部が膨張する傾向が見られた。この原因として,体脂肪の増加,消化管運動低下による消化物の停滞,等が考えられる。
 低温飼育がメダカの筋萎縮モデルとして適切であると判断できれば,今後行う軌道上実験の対照実験として用いたいと考えている。