宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 62, 2010

一般演題 

18. 宇宙医学を題材とした教育·アウトリーチ活動

新堀 真希1,須藤 正道1,2,山田 深1,向井 千秋1

1独立行政法人宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室
2東京慈恵会医科大学 宇宙航空医学研究室

Space biomedical science in education and public outreach

Maki Niihori1, Masamichi Sudoh1,2, Shin Yamada1, Chiaki Mukai1

1Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency
2Division of Aerospace Medicine, The Jikei University School of Medicine

国際宇宙ステーションが完成し,本格的な有人宇宙活動が始まった。宇宙航空研究開発機構宇宙医学生物学研究室では,宇宙飛行士が有人宇宙活動中に受ける医学的リスクを軽減するための研究を進めており,その研究を題材とした教育·アウトリーチ活動に取り組んでいる。その一環として,科学館等において一般の人を対象とした教育講演や授業を行っている。本研究では,向井千秋記念子ども科学館で行った小学生とその保護者を対象にした講演を題材としている。
 “宇宙医学生物学”は,受講者にとって興味深く,宇宙科学への導入に有効な言葉の一つと言える。しかしながら,日常生活と宇宙生活の間には解離があり,深い理解を得るためには,実体験とリンクさせた体験型の授業が有効であると考えた。そこで,宇宙環境下で起こる様々な身体の変化と適応について理解を深めるため,小実験や擬似的な体験を中心としたプログラムを構成し,教材を開発した。宇宙環境下で起こる体の変化の説明(動画を含む)を導入とし,6度ヘッドダウンによる体液シフトの体験,骨密度減少に関する骨モデル作成実験,さらに,空間識に関する演示と体験を行った。
 この中で,“視覚刺激(回転)装置”を使った空間識に関する体験が,最も「楽しかった」という回答が多く寄せられた。体験者は,白黒の縦ストライプを描いた紙を円筒状(直径約60 cm×高さ約120 cm)に丸め,紐で天井から吊るした装置の中に入る。操作者は,イスに座り,ゆっくりとストライプの描かれた円筒を回転(約30°/sec)させる。体験者は,自分の周囲をストライプが回転している状態で,約30秒間その場で足踏みをする。個人差はあるが,体験者によっては,ストライプの回転に合わせて540°ほど回転してしまう人もいた。その場で足踏みしているはずが回転してしまうという感覚は,日常生活では体験しがたい感覚である。その不思議さを実感することは,日常生活とかけ離れた宇宙での生活や,人体の仕組みに興味を持つきっかけとして大いに期待できる。
 講演後のアンケートでは,9割以上の受講者が講演全体の内容に「興味を持てた」と回答した。また,体験を伴う内容は,講演者が演示実験のみで示した内容よりも「わかりにくかった」という回答が少ない傾向が見られた。このように,学校教科では馴染みのない宇宙医学という分野も,体験を取り入れるなど,内容を工夫すれば高い興味·関心が得られることがわかった。今後は,医学的解釈にまで踏み込んだ教材の開発などを行い,さらなる宇宙医学生物学の啓発に努めていきたい。