宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 59, 2010

一般演題 

15. 社会に役立つJAXA宇宙医学研究

大島 博,山田 深,新堀 真希,武岡 元,山本 雅文,太田 敏子,向井 千秋

宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室

JAXA space medicine activities to improve human life on the ground

Hiroshi Ohshima, Shin Yamada, Maki Niihori, Hajime Takeoka, Masafumi Yamamoto, Toshiko Ohta, Chiaki Mukai

Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency

宇宙医学研究は,微小重力,放射線,閉鎖空間などの特殊環境における宇宙飛行士の健康を維持し,パフォーマンスを発揮させる有人宇宙技術を開発することが目的である。その過程で,質の高い研究成果を創出することに加え,「社会に役立つ宇宙医学研究」として,宇宙医学の研究成果や有人宇宙技術を地上の生活に役立てることが期待されている。現在JAXA宇宙医学生物学研究室で検討している高齢者,青少年,および特殊環境での現場支援に関する取組みなど,社会に役立つ宇宙医学研究を紹介する。
 初めに,「高齢化社会での予防医学の啓発」に宇宙医学を活用することを考えている。急速に高齢化が進む日本の骨粗鬆症患者は1,100万人に達し,毎年約15万人が大腿骨頚部骨折で手術を受け,患者数は年々増加している。一方,6か月間の宇宙飛行では,微小重力のため大腿骨頚部の骨強度は平均15%低下するので,JAXAはNASAと共同で骨粗鬆症治療薬(ビスフォスフォネート)を用いて宇宙飛行の骨量減少を予防することを検証している。骨粗鬆症や寝たきりなど高齢化社会での予防医学の啓発に宇宙医学の予防の取り組みを活用することで,健康寿命延伸と医療費削減が期待できる。また,遠隔医療とITの技術を活用すれば,独居高齢者の体調管理に活用することも期待できる。
 次に,「青少年に対する教育への活用」として,これまで一般公開による宇宙医学の紹介や,各種教育活動の支援を実施してきた。宇宙医学で取得した知見や映像は,ヒトの体の構造と仕組みを学び,栄養や運動の重要性を理解することが期待できる。2012年1月から,JAXA版児童向け健康増進プログラム(Mission X-Japan)として,宇宙飛行士のトレーニングを児童の保健教育(運動と栄養)に応用するPilot studyを開始する。JAXAは,青少年の理科教育や人材育成に役立てる教材を提供するための宇宙医学の映像取得を計画している。
 最期に,「災害発生時の健康管理支援」に宇宙の健康管理技術を活用することが期待されている。新型インフルエンザ発生時には,空港のホテルに隔離された高校生への心理サポートにJAXA担当者が派遣され,生徒らのストレス軽減に役立てられた。また,チリ鉱山の落盤事故で「地下に作業員の状況はISS滞在飛行士の状態に似ている」とし,チリ政府はNASAに健康管理支援を要請した。NASAは,規則正しい生活,栄養·運動·心理支援の健康維持技術をアドバイスした。 JAXAは,消臭性·抗菌性を高めた高機能下着と宇宙日本食(黒飴とミントキャンディ)を外務省経由でチリに向け発送した。今後,災害発生現場から要請があれば,JAXAが蓄積した技術を,現場の活動支援として提供したい。