宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 57, 2010

一般演題 

13. 人工重力負荷時の循環動態

西村 直記1,岩瀬 敏1,菅屋 潤壹1,高田 真澄1,今井 美香2,西村 るみ子1

1愛知医科大学医学部 生理学第2 講座
2名古屋大学大学院 医学研究科

Cardiac hemodynamics during artificial gravity induced by a centrifuge 

Naoki Nishimura1, Satoshi Iwase1, Junichi Sugenoya1, Masumi Takada1, Mika Imai2, Rumiko Nishimura1

1Department of Physiology, Aichi Medical University School of Medicine
2Nagoya University Graduate School of Medicine

【はじめに】 宇宙飛行など微小重力環境へ曝露されると,頭部への体液シフトがおこる。心循環機能が微小重力環境に適応した状態から地上の1 G状態に戻ると,再適応が起こるまでに生体に不具合(宇宙デコンディショニング)がおこる。我々は,微小重力暴露中に積算して30分間の人工重力負荷(AG)を連日行うことで宇宙デコンディショニングが予防できることを報告してきた。このAGは,直径4 mの棒状回転体内で仰臥位姿勢をとり,この装置を回転させることで生じる遠心力により,頭部へシフトした体液を下肢の方向に戻すというものである。AG時には重力勾配により頭部から足部へと急激な体液シフトが生じるが,このような状況下においても,ヒトの自律神経系は血圧や脳循環を一定に調節する機能を有する。しかしながら,これらの調節機能が破綻すると失神前兆候を来たすことがある。実際に,これまで我々が行ってきた模擬微小重力曝露実験中のAG試験においても,AGの連続施行時間(重力耐性)には個人差がみられた。本研究は,AG中の循環動態を連続記録し,重力耐性との関係について検討した。
 【方法】 健康な成人男女13名(男性9名,女性4名: 年齢28.1±11歳)を被験者とした。被験者には人工重力負荷装置内で足を外側にした仰臥位姿勢で10分間の安静をとらせた後,心臓の位置で1.0 G(足部で約2.4 G)の重力負荷を10分間行わせた。10分間のAGを完遂した被験者の内,数名の被験者には更に10分間(計20分間)のAGを行わせた。AG中に心電図,血圧(フィナプレス)および胸部と下腿部の体液分布(生体電気インピーダンス法)を連続記録した。また,AG中の被験者とは,ヘッドフォンを介してコミュニケーションをとることが可能であり,体調の変化(急激な徐脈や血圧の低下など)が生じた場合には,AGを急停止させた。
 【結果】 AG中のインピーダンス値は,胸部で上昇し下腿部で下降したことから,AGによる下肢への体液シフトが確認できた。また,AG中は,すべての被験者で血圧や心拍数の上昇と迷走神経活動(心拍変動HF成分)の低下がみられた。13名中9名の被験者が10分間のAGを完遂でき,その内6名の被験者に対して更に10分間のAGを行わせたところ,5名の被験者が合計20分間のAGを完遂(残りの1名は17分30秒)した。他方,AG開始後5分以内に中止に至った2名の被験者では,AG中に急激な徐脈や血圧低下がみられた。これら2名の被験者では,10分間以上のAGを完遂した被験者と比較して,心拍数の立ち上がり曲線がより急峻であり,AG中の心拍数のピーク値も約120拍/分と10分間のAGを完遂したほとんどの被験者(約100拍/分)よりも高値を示した。
 【考察】 AG中は体液が胸腔内から下肢へとシフトするため,静脈還流量が減少し心拍出量も減少する。しかしながら,動脈圧受容器反射や心肺圧受容器反射を介した交感神経活動の賦活化が起きるため,心拍数の上昇や血管収縮性交感神経活動の増加がみられるため,血圧は維持され,脳血流も一定に保たれる。早期に中止に至った2名の被験者では,交感神経活動の増加が血圧の維持を補償できず,急激な徐脈とともに筋交感神経活動の抑制による血圧の急低下がみられたと考えられる。これらの被験者では,心拍数の上昇が他の被験者よりも急峻であり,重力耐性との間に関連性が認められた。よって,AG開始初期の心拍数の変動からおよその重力耐性を推測することができ,AG中の失神前兆候を回避できる可能性があると考えられるが,その機序についてはさらに検討が必要である。