宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 56, 2010

一般演題 

12. 重力が視覚-運動変換の学習と記憶に及ぼす影響

和田 佳郎1,乾 多久夫2,緒方 克彦3

1奈良県立医科大学 生理学第一講座
2航空自衛隊 航空医学実験隊
3防衛医科大学校 幹事

Effect of gravity on the learning and memory of visuo-motor transformation

Yoshiro Wada1, Takuo Inui2, Katsushiko Ogata3

1Department of Physiology I, Nara Medical University
2Aeromedical Laboratory, Japan Air Self-Defense Force
3National Defense Medical College

【背景】 我々の身体運動系は,小脳を中核とする運動学習システムにより調整され,精緻な運動制御を維持している。しかし,地上1 G環境下において適切に機能するこうした運動学習システムが,異なる重力環境下においても同様に機能する保証はない。本研究では,リーチング動作のプリズム適応を例に,重力が視覚-運動変換過程の学習と記憶に与える影響を評価した。
 【方法】 実験には,タブレットPC,専用のタッチペン,プリズム付きゴーグルを用いた。被験者は,利き手にタッチペンを持ち,その手を対側の胸に構える。これを基本姿勢と呼ぶ。学習タスクにおける1回の試行は,1)目標を注視し,その位置を記憶,2)ビープ音を合図に閉眼,3)1秒後の次のビープ音を合図に閉眼のまま記憶した目標に向かって指差し運動を実行,4)スクリーンにタッチ後,基本姿勢に戻り,5)その後直ちに開眼し,誤差(目標とリーチングポイント間距離)を視認する,というものである。忘却タスクも学習タスクと同じ行程で構成されるが,誤差の視認が出来ない点のみが異なる。
 【実験】 実験条件は,実験1:1 G下での座位と仰臥位の比較,実験2:座位状態での1 Gと2 Gの比較の2種類とした。各実験の構成は,学習タスク60試行,忘却タスク70試行とした。実験1は,同一実験室内において,同一被験者が初めに座位,1時間以上の休憩後に仰臥位,またはその逆順で行った。実験2は,航空自衛隊入間基地航空医学実験隊所有の空間識訓練装置を用いて行った。ここでは,同一被験者が空間識訓練装置内において,初めに1 G,40分以上の休憩後に2 Gの実験を行った。実験1,2ともに,休憩時には前の実験の影響を最小化するために,できるだけ多くのリーチング行動をとるよう指示した。
 【結果】 同一被験者が異なる日に同一条件下で5回以上実験を行い,その際の学習ならびに忘却曲線の平均曲線を算出し,各々に指数関数を最小二乗フィットした。この時推定された学習時定数,忘却時定数と記憶保持率を同一被験者内で比較した。実験1(座位 vs 仰臥位)では,実験に参加した6人の被験者の内,5人(83.3%)において,仰臥位における学習がより速く,記憶保持率もより大きかった。また,忘却のスピードは4人(66.7%)において,仰臥位で遅くなった。実験2(1 G vs 2 G)では,実験に参加した6人(内3名は学習のみ)中,2 Gにおいて6人全て(100%)で学習が速く,2人(66.7%)で忘却が遅い結果が得られた。また,記憶保持率の差は被験者毎に異なる傾向を示した。
 【まとめ】 本研究では,リーチング動作のプリズム適応を例に,重力が視覚-運動変換過程の学習と記憶に与える影響を評価した。その結果,仰臥位では座位と比較して学習が速く,忘却が遅く,記憶保持率が高くなる傾向が示された。また,過重力(2 G)下では1 Gと比較して学習が速く,忘却が遅くなる傾向が示された。これらの結果から,重力の大きさや方向が運動の学習と記憶保持特性に影響を与えることが示唆された。