宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 55, 2010

一般演題 

11. 異なる重力環境下での物体運動の知覚における加速度バイアス

金子 寛彦1,乾 多久夫2,緒方 克彦3

1東京工業大学 物理情報システム専攻
2航空自衛隊 航空医学実験隊
3防衛医科大学校 幹事

Difference in the acceleration bias for perceiving uniform motion under different conditions of gravity

Hirohiko Kaneko1, Takuo Inui2, Katsuhiko Ogata3

1Department of Information Processing, Tokyo Institute of Technology
2Aero medical Laboratory, JASDF
3National Defense Medical College

身体が正立した状態で,上方向もしくは下方向に運動する物体を観察する場合,上方向への運動はやや減速,下方向への運動はやや加速するとき知覚的に等速運動となる。すなわち我々は,下向きに加速度を持つ運動を等速運動と知覚する。さらに筆者らは,身体が重力軸に対して直交した状態(横臥状態)で様々な方向に運動する物体を観察する実験により,この運動知覚における下向き方向の加速度バイアスは,身体軸の下向き方向と重力軸の下向き方向の成分を持つことを示した。この運動知覚における下向きの加速度バイアスは日常の環境下の重力と関連があると考えられるが,前庭系もしくは体性感覚系からの信号が直接このバイアスに寄与するのか,あるいは重力のある環境下で運動物体を観察してきた視覚経験がこのバイアスの生成に寄与するのか明らかではない。そこで本研究では,通常の1 G環境および日常経験しない過重力環境下におけるこの加速度バイアスを測定し,その生成メカニズムを明らかにすることを目的とした。
視覚刺激は,観察者が感じる重力方向に対して平行もしくは直交した方向に額面平行面上を直線運動する円形の小物体であった。そしてその物体には,運動方向に沿った様々な大きさの加速度が付加されて呈示された。観察者は,この運動が加速して知覚されるか,減速して知覚されるか,二者択一応答を行った。このデータより知覚確率曲線を求め,それぞれの運動方向において,等速運動と知覚される運動が持つ加速度,すなわち加速度バイアスの量を決定した。環境の重力は,遠心力発生装置により生成し,1 G,1.5および2 Gの3条件を設けた。身体の方向は,生成された重力方向と平行(正立条件)もしくは直交(横臥条件)の2条件であった。被験者は6名であった。
 身体正立条件において,観察者が等速運動と知覚するために付加される下向き方向の加速度は,環境の重力の増加に伴い増加した。また,横臥条件において,重力軸の下向き方向の加速度バイアスは,正立条件と同様に重力の増加に伴い増加した。しかし,身体軸の下向き方向の加速度バイアスは存在したが,重力の増加に関わらず一定であった。これより,運動知覚の下向き加速度バイアスにおける重力軸に沿った成分は,視覚経験には依存せず,環境の重力情報を直接用いていることが,一方,身体軸に沿った成分は重力情報を直接用いていないことが示された。前者の成分については,前庭系もしくは体性感覚系からの信号の寄与が考えられ,後者の成分については,運動物体の視覚経験により生成される可能性が考えられる。