宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 4, 54, 2010
一般演題
10. 過重力負荷が脳循環調節機能に及ぼす影響
小川 洋二郎，青木 健，柳田 亮，大屋 直子，曷川 元，岩﨑 賢一
日本大学医学部社会医学系衛生学分野
The effect of hypergravity on cerebral autoregulation
Yojiro Ogawa, Ken Aoki, Ryo Yanagida, Naoko Oya, Hajime Katsukawa, Ken-ichi Iwasaki
Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine
宇宙医学や航空医学の分野において，過重力環境曝露による影響は重要な研究課題である。旅客機を初め，スペースシャトルや有人宇宙船による帰還時には，1 Gz以上から4 Gz程度の過重力に曝露される。また戦闘機に限っては8 Gz以上の過重力に曝露される場合も少なくない。特に，人体は頭から下肢へのZ軸方向に重力が負荷されると，様々な循環動態の変化が生じる。例えば，過重力負荷中は，血液の下肢に停滞する割合が増加し，静脈還流量は低下する。さらに，静水圧勾配の増加が生じる。これらにより，血圧の低下や血圧の自発変動の増加などが起こるため，脳への適切な血液供給維持に負担が増すことになり，脳循環に影響を及ぼすと考えられる。
これまで，戦闘機パイロット用の大型遠心器による高強度の過重力の研究を散見する以外，低強度の過重力による脳循環影響はほとんど研究されていない。そこで本研究では，1.5 Gzの低強度の過重力負荷が脳循環調節機能に及ぼす影響を基礎生理学的に検討することを目的とした。
健康成人男性13名を対象とし，非観血的連続血圧計，経頭蓋ドップラー血流計，心電図，カプノメーターを装着した。15分間の座位安静後に負荷前（1 Gz）の6分間のデータを測定した。その後，短腕遠心人工重力装置（半径1.7 m）を用いて1.5 Gz（24 rpm）の過重力負荷を21分間行った。負荷中のデータは，1.5 Gz負荷の定常状態にて15分間座位安静を保った後，最後の6分間のデータを解析し，負荷前（1 Gz）のデータと比較した。脳循環調節機能の評価は，平均血圧と脳血流速度の自発変動に，周波数解析および伝達関数解析を施し，伝達の程度（Gain）を求めた。Gainは血圧変動が脳血流変動にどの程度伝わっているかということを意味し，その値が小さくなった場合，調節機能は増強されたと解釈できる。
過重力負荷中，区間平均の平均血圧は変化しなかったが，脳血流速度は有意に低下した。また呼気終末二酸化炭素濃度の低下も認めた。一方，血圧の自発変動は有意に増加したが，脳血流変動は変化しなかった。その際，脳循環調節機能の評価指標:Gainは有意に低下し，調節機能の増強を示した。
今回1.5 Gz負荷中に認められた脳血流速度の低下は，静水圧勾配の増加による脳還流圧の低下や，呼気終末二酸化炭素濃度の低下から推察される血中二酸化炭素濃度の低下が関与した可能性が考えられる。しかし一方で，これらの関与を否定する報告や生理学的機序も推察される。そのため，本研究で認められた脳血流速度の低下の機序は明らかではなく，今後，より詳細な測定及び検討が必要である。
脳循環調節機能は血圧の変化を緩衝し，脳に一定の血液を供給する機構である。ヒトの脳血流は，調節機能がよく働くとされている体血圧の範囲内（平均動脈圧:約60～150 mmHg）においても，自発変動のような急速な血圧変化が生じた場合，影響を受けやすいことが周波数解析の応用により解明されている。本研究では，血圧の自発変動は過重力負荷により増加しているが，脳血流変動は変化していないため，脳循環調節機能の増強により血圧変動から脳血流変動への伝達を適切に緩衝していると考えられた。
以上から，1.5 Gの低強度の過重力負荷により，脳血流速度の低下が生じるものの，急速な変動に対する脳循環調節機能は増強することが示唆された。
本研究は上原記念生命科学財団の助成により行われた。