宇宙航空環境医学 Vol. 47, No. 1, 3-9, 2010

原著

短時間の過重力負荷が骨格筋に及ぼす影響

桜井智野風1,樫村 修生2,喜多  清3,柴田 茂貴3,青木  健3,下井  岳1,伊藤 雅夫1,岩崎 賢一3

1東京農業大学生物産業学部
2東京農業大学国際食糧情報学部
3日本大学医学部社会医学系衛生学分野

Effects of Short Term 3.0-G Hypergravity on Skeletal Muscle in Rats

Tomonobu Sakurai1, Osamu Kashimura2, Sayaka Kita3, Shigeki Shibata3, Ken Aoki3, Gaku Shimoi1, Masao Ito1, Ken-ichi Iwasaki3

1Tokyo University of Agriculture, Faculty of Bio-industry
2Tokyo University of Agriculture, Faculty of International Agriculture and Food Studies
3Nihon University School of Medicine, Department of Social Medicine, Division of Hygiene

ABSTRACT
 Introduction : The most extensive changes in spaceflight studies, which may be induced by microgravity, have been observed in antigravity muscles. However, hypergravity during the launch and/or re-entry phases may also affect skeletal muscles in a similar manner to other short-term mechanical stresses. We therefore tested the hypothesis that mechanical stress in the form of short-term hypergravity causes histological damage to skeletal muscles and/or increases the levels of β-glucuronidase, TNFα, IL-6, iNOS and NO. Methods : Fourteen Wistar rats were randomly separated into two groups : sedentary control group and hypergravity group. Seven rats were centrifuged continuously at 3.0-G hypergravity for 8 min. The soleus, gastrocnemius, tibialis anterior( TA) and extensor digitorum longus( EDL) muscles were removed immediately after centrifugation. The levels of β-glucuronidase, TNFα, IL-6 and NO as well as iNOS gene expression were measured. Results : There was no significant histological alteration in all muscles between the 3.0- G hypergravity and control groups. In contrast, the levels of β-glucuronidase as a quantitative measure of muscle damage, TNFα, iNOS gene expression and NO were significantly higher in the 3.0-G hypergravity group than in the control group for the gastrocnemius, TA and EDL muscles, but not for the soleus muscle. However, no significant differences were observed in the levels of IL-6 between the 3.0-G hypergravity and control groups for any muscles. Conclusion : Increases in the levels of β-glucuronidase, TNFα, iNOS gene expression and NO in the gastrocnemius, TA, and EDL muscles occurred after loading at 3.0-G hypergravity for 8 min, similar to other mechanical stresses( e.g., resistance exercise) and/or inflammation in the process from damage to downstream effects in skeletal muscle. However, there was no remarkable change in the soleus antigravity muscle under hypergravity. IL-6 also showed no changes in all skeletal muscles. These results indicated that fast skeletal muscles were susceptive to short-term hypergravity.

(Received : 23 January, 2010 Accepted : 30 June, 2010)

Key words : skeletal muscle, hypergravity, IL-6, TNFα, NO


I. 緒言
 微小重力への曝露は人間や実験動物に対して, 生理学的に重要な影響を及ぼす。例えば,ラットやマ ウスを宇宙飛行させた研究では,主にヒラメ筋をはじ 宇宙航空環境医学 4 Vol. 47, No. 1, 2010 めとする抗重力筋に,萎縮や変性などの大きな変化が 観察されている1,12,24)。これらの現象は,地上での微 小重力模擬実験でも確認されている13,23)。しかしなが ら,宇宙飛行を利用した研究においては,宇宙滞在中 の微小重力への曝露以外に,打ち上げならびに帰還時 に,急激に増加する重力(過重力)が宇宙船に加わっている。実際,スペースシャトルの場合,打ち上げ時 には3.2-G,帰還時には1.4-G の過重力が発生してい る34)。したがって,宇宙飛行を利用した研究により得 られた結果には,宇宙滞在中の微小重力による影響に 加え,この過重力の影響が含まれている可能性がある。 しかしながら,これまで宇宙船の打ち上げや帰還時を 想定した数分間の過重力負荷が骨格筋に及ぼす影響に ついては,あまり明らかにされていない。
 通常の地球1 G 環境下において,数分間の高強度運 動を負荷した際には骨格筋に損傷が生じる。一方,過 重力環境下における数十秒間のスクワット・トレー ニングは,その筋への負荷量が1 G 環境下での高強度 トレーニングに相当することが報告されていることか ら39),過重力環境そのものが骨格筋に影響を与えるこ とが予想される。また,1 G 環境下での数分間の高強 度運動による骨格筋への過負荷は,骨格筋損傷の指標 物質であるβ-グルクロニダーゼ19)や,炎症性サイト カイン(腫瘍壊死因子(TNF)α ; インターロイキン (IL-6))15,25)や一酸化窒素(NO)の合成酵素29,35)の生 成を誘導することが報告されている。そこで本研究で は,宇宙船の打ち上げ時を想定した短時間の過重力負 荷は,1 G 環境下における高強度運動等の過負荷と同 様に,骨格筋の組織的損傷を引き起こし,β-グルクロ ニダーゼ, TNFα,IL-6,誘導性NO 合成酵素(iNOS) およびNO を増加させるという仮説をたて検討した。

II. 実験方法
 A. 実験動物および飼育条件
 実験動物には,Wistar 雄性ラット14 匹(コントロー ル群,n=7,過重力負荷群,n=7)を用いた。体重は 393.8±15.2 g(平均±標準偏差)であった。ラットは 個別ゲージ内で餌および水は自由摂取とし,明暗サイ クル(12 時間: 12 時間)と室温の制御した環境にて 飼育した。すべての実験プロトコルは,日本大学実験 動物規定ならびに東京農業大学動物倫理委員会規定に 従い行った。
 B. 過重力負荷実験
 過重力負荷には日本大学医学部所有の動物用遠心過 重力装置17)を用いた。本装置はモーターに直結した2 本の水平なアーム(アーム長:0.7 m)の先に4 つの ゴンドラが設置され,回転により重力を負荷するもの である。過重力負荷としてラット7 匹(過重力負荷 群)に対し,宇宙船の地上からの打ち上げ時を想定し た3.0-G の過重力負荷を8 分間実施した34)。各ゴンド ラには1 匹ずつラットを乗せ,回転数51 rpm にて過 重力を負荷した。
 C. 骨格筋標本の抽出
 ラットは過重力負荷終了直後に,ペントバルビター ル(0.5 mg/kg 腹腔内投与)にて深麻酔後,右後肢の 膝関節下部の皮膚を切開し,ヒラメ筋,腓腹筋,前 脛骨筋および長指伸筋を摘出した。筋サンプルは摘 出直後,重量を測定し液体窒素で冷却したイソペン タン内で急速冷凍した後,−80°C にて保存した。尚, mRNA 測定のための筋サンプルはRNAlater 溶液(Qiagen, Hilden, Germany) 中に保存した。筋サンプル は,十分に冷やしたホモジネイトバッファー(0.1 M K2HPO4-KH2PO4 buffer( pH 7.4 ; wt : vol 1 : 10))内 でモーター駆動のポッター・グラス・ホモジナイザー にて均質化し,β- グルクロニダーゼ活性,TNFα 濃度, IL-6 濃度およびNO 含有量の測定に用いた。
 D. 組織化学染色
 すべての骨格筋サンプルにおいて凍結切片をヘマ トキシリンとエオジン(HE)により染色し,過重 力負荷が骨格筋に与える組織学的な影響を光学顕微 鏡(BX-10, Olympus, Tokyo, Japan)を用いて観察した (Fig. 1)。
 E. β-グルクロニダーゼ活性測定
 β-グルクロニダーゼ活性はKoskinen らの方法19) に 従い,測定した。骨格筋サンプルをホモジネイト後に 3,000×g( 4°C) で10 分間の遠心を行い,バッファー の上澄液50 μl に450 μlの0.1 M acetate buffer( pH 4.2) を加え37°C の恒温槽にて5 分間インキュベートした。 次に,サブストレイト250 μl( 5 mM p-nitrophenyl- β-D-glucuronide ; Sigma-Aldrich, St. Louis, MO, USA) を加え,37°C の恒温槽にて18 時間反応させた。 培 養後,氷冷したグリシンバッファー(0.1 M, 1.5 ml, pH 10)を加えた。吸光度は420 nm の波長で測定した。 結果は可溶性タンパク質量と反応時間単位で規定し計算した。サンプルのタンパク質濃度はLowry 法(DC プロテインアッセイキット: BioRad 社Richmond, CA, USA)により測定した。
 F. TNFα 濃度の測定
 骨格筋内のTNFα 濃度の測定には,ラットTNFα 免 疫測定キット(BioSource International, Camarillo, CA, USA)を使用した。筋サンプルはビオチン標識された 抗ラットTNFα 抗体とともに室温で1 時間反応させ た。各サンプルは,Streptavidin-ホースラディシュ・ ペルオキシダーゼ(HRP; Horseradish Peroxidase) 溶液と共に室温で45 分間反応させた後,30 分間安定 させた。 停止液の添加の後,分光光度計を用い波長 450 nm で測定した。
 G. IL-6 濃度の測定
 IL-6 濃度はELISA 法により測定した。測定にはマ ウスIL-6測定キット( Endogen, Woburn, MA, USA) を 使用した。筋サンプルはビオチン標識された抗マウス IL-6 抗体とともに20°C で1 時間反応させた。各サン プルは,Streptavidin-HRP 溶液と共に20°C で30 分間 反応させた後,20°C にて30 分間安定させた。停止液 の添加の後,分光光度計を用い波長450 nm で測定し た。検出限界は1 pg/ml であった。
 H. iNOS mRNA 分析
 RNAlater 溶液中に保存した筋サンプルより,ISOGEN( Nippon Gene, Tokyo, Japan)により総リボ核酸 を抽出し,Oligo dT プライマー逆転写ポリメラーゼ連 鎖反応(RT-PCR)法によりiNOS 遺伝子の解析を行っ た。 PCR の条件は,Taq polymerase 活性化のため 94°C で7 分間温めたのちに,94°C で1 分,55°C で2 分, 72°C で3 分間を1 サイクルとして 30 サイクル行った。 使用したプライマーはそれぞれ以下に示すとおりであ り,インターナルコントロールとしてGAPDH を用い た。
iNOS  5’-GGAAGAGTTCCCATCATTGC
     5’-TCTGCAGGATGTCTTGAACG
GAPDH 5’-CCAAAAGGGTCATCATCTCC
       5’-GGAGTTGCTGTTGAAGTCAC
RT-PCR のイメージ解析には,NIH イメージプログラ ム(Ver. 1.62)を使用し定量化した。
 I. NO 含有量の測定
 筋サンプルを15,000×g( 4°C)で15 分間の遠心の 後,ろ過した上澄液を5,000×g( 4°C)で60 分間遠心し,上清を測定に供した。測定にはNO2/NO3 AssayKit-CII( Dojindo, Kumamoto, Japan)を使用した。
 J. 統計処理
 すべてのデータは平均± 標準誤差で表した。コン トロール群と過重力負荷群の間における有意差の検 定にはMann-Whitney U-tests を用い,有意水準は5% 未満(P<0.05)とした。

III. 結果 A. 
 HE 染色による観察
 
 Fig. 1 は,コントロール群のヒラメ筋と,過重力負 荷群における腓腹筋,ヒラメ筋,前脛骨筋および長指 伸筋の筋組織画像である。各筋ともに過重力負荷群と コントロール群の間に光学顕微鏡による観察上で差は 見られなかった。


Fig.1  Representative cross-sections of rat skeletal muscle tained with hematoxylin and eosin. A, 3.0-G hypergravity ; B, control. ; Sol, soleus muscle ; Gas, gastrocnemius muscle ; TA, tibialis anterior muscle ; EDL, extensor digitorum longus muscle. Bars, 50 μm.


B. β-グルクロニダーゼ活性
 骨格筋損傷の指標であるβ-グルクロニダーゼ活性 は,腓腹筋,前脛骨筋および長指伸においてコントロール群に比べて,過重力負荷群のほうが有意に高い値を示した(P<0.05)。しかし,ヒラメ筋では両群の 間に差を認めなかった(Fig. 2)。


Fig.2  Changes in Beta-glucuronidase activity in rat skeletal muscle. Cont, Control group, open column ; 3.0-G, hypergravity group, closed column ; Sol, soleus muscle ; Gas, gastrocnemius muscle ; TA, tibialis anterior muscle ; EDL, extensor digitorum longus muscle. Values represent mean±SEM. *P<0.05 for 3.0-G vs. control.


 C. TNFα 濃度
 TNFα 濃度は,腓腹筋,前脛骨筋および長指伸筋に おいて,コントロール群に比べて,過重力負荷群のほ うが有意に高い値を示した(P<0.05)(Fig. 3)。しか しながら,ヒラメ筋では両群の間に有意な差を認めなかった。


Fig.3  Changes in tumor necrosis factor-α( TNFα) concentration in rat skeletal muscles. Cont, Control group, open column ; 3.0-G, hypergravity group, closed column ; Sol, soleus muscle; Gas, gastrocnemius muscle ; TA, tibialis anterior muscle ; EDL, extensor digitorum longus muscle. Values represent mean±SEM. *P<0.05 for 3.0-G vs. control.


 D. IL-6 濃度
 IL-6 濃度は,過重力負荷群とコントロール群の両 群において前脛骨筋が他の筋よりも低い傾向を示し た。しかし,いずれの筋においても過重力負荷群とコ ントロール群の間に有意な差を認めなかった(Fig. 4)


Fig.4  Changes in Interleukin-6( IL-6) concentration in rat skeletal muscle.
*#P<0.05 vs. TA.


 E. iNOS mRNA
 iNOS mRNA はコントロール群では検出されなかっ たが,過重力負荷群の腓腹筋,前脛骨筋および長指伸 筋において検出された(Fig. 5)。


Fig.5   Expression of inducible nitric oxide synthase( iNOS) mRNA( A) and densitometric analysis data( B) in rat skeletal muscle following 3.0-G hypergravity.  The value is related to the optical density of GAPDH.


 F. NO 含有量
 NO は腓腹筋,前脛骨筋および長指伸筋において, コントロール群に比べて,過重力負荷群のほうが有意 に高い値を示した(P<0.05)(Fig. 6)。しかしながら, ヒラメ筋では両群の間に有意な差を認めなかった。


Fig.6   Nitric oxide (NO) content in rat skeletal muscles. *P<0.05 for 3.0-G vs. control.


IV. 考察
 本研究において,8 分間という短時間の過重力 負荷により下肢骨格筋の腓腹筋,前脛骨筋および長指 伸筋において筋損傷の指標であるβ-グルクロニダー ゼ,TNFα,iNOS およびNO が増加することをはじめ て明らかにした。しかしながら,筋損傷を引き起こ す1 G 環境下での高強度運動等の過負荷とは異なり, IL-6 にはいずれの筋においても変化を認めなかった。 また,ヒラメ筋においては他の筋とは異なりすべての 指標において,過重力負荷による影響を認めなかった。  
 宇宙空間における微小重力への曝露は,生体の主要 なシステムに影響を及ぼす。なかでも,骨格筋は最も 強く影響を受けるシステムの1 つであり,その変化は 形態1,28),収縮機能8,38),遺伝子発現7)に及ぶことが, 宇宙飛行を利用した研究により,解明されている。特 にヒラメ筋などにおいて顕著な変化が認められてお り1,12,24),抗重力筋は微小重力曝露の影響を受けやす いと考えられる。一方,宇宙船の打ち上げや帰還時に は過重力の影響を受けるが,これら数分間の過重力負 荷が骨格筋の組織的損傷やその指標物質等に及ぼす影 響については,あまり明らかにされていない。
 本研究における8 分間3.0 G の過重力負荷により, 骨格筋損傷の指標であるβ-グルクロニダーゼ活性に は増加が認められたが,骨格筋損傷特有の組織学的 な変化は観察されなかった。通常の1G 環境下おいて 骨格筋損傷の指標であるβ-グルクロニダーゼ活性は, レジスタンス運動による骨格筋損傷後数日で有意に増 加する19)。さらにβ-グルクロニダーゼ活性の総計は 骨格筋損傷を反映だけでなく32),β-グルクロニダーゼ 活性と病的組織変化との関連が示されている31)。この 組織学的変化に関する先行研究との結果の違いについては,プロトコル上の時間的な違いによる可能性が考 えられる。  
 本研究で用いたラットは,8 分間の過重力負荷終了 直後に下肢筋群を摘出した。通常,骨格筋における生 化学的な変化は運動等による過負荷直後に引き起こさ れるものもあるが,組織学的な変化は過負荷の数時間 後に観察される6,30)。したがって,過重力負荷に対す る生化学的な変化と組織学的変化との解離について は,今後,β-グルクロニダーゼおよび筋内の損傷状態 を反映する他のリソソーム酵素32) の経時的な観察を 行うことにより,説明することが可能となるかもしれ ない。  
 IL-6,TNFα,iNOS およびNO などの様々なサイト カインは,組織に過負荷が加わった時に炎症の進行や 治癒において重要な役割を担い,損傷骨格筋内にて増 加する20,29)。また,NO やその合成酵素であるNOS は 筋の収縮や1G 環境下での過負荷となる高強度運動に おいても増加することがわかっている2,11,30,35)。特に, 誘導型のNO 合成酵素であるiNOS は,マクロファー ジ,血管内皮細胞,血管平滑筋細胞等により発現され, 活性化されると炎症過程を刺激するのに十分なNO を 生成することが知られている4,36)。本研究では,3.0-G の過重力負荷により,TNFα 発現は腓腹筋,前脛骨筋 および長指伸筋において増加し,その程度は,一過性 の高強度運動で引き起こされる骨格筋損傷15)とほぼ 同レベルであった。さらに,3.0-G 過重力負荷後には iNOS も過剰発現し,NO も増加していた。しかしな がら,高強度運動時には即座に応答し増加するサイト カインであるIL-614,29)は,本研究における過重力負荷 では増加を示さなかった。また,IL-6 は前脛骨筋が 他の筋群に比べ低いことが示された。速筋である前脛 骨筋は筋活動維持のためのグルコース取込を維持する 目的で,筋内よりIL-6 を放出していると考えられ10), のと考えられる。すなわち,短時間の過重力負荷によ り,TNFα は他の過負荷や炎症性反応と類似の変化を 示すものの,IL-6 においては他の過負荷に対する反 応とは異なっていた。このことより,短時間の過重力 負荷は高強度運動に代表されるような過負荷や炎症性 反応とは異なる過程によって骨格筋に変化を及ぼして いる可能性が考えられた。さらに8 分間という短時間 の過重力負荷中に,炎症性反応と同様な生化学的変化 の過程を経ることが可能かどうかは,時間的観点から も疑問が残る。  
 本研究の結果では,8 分間の3.0-G 過重力負荷がヒ ラメ筋には明らかな影響を及ぼさなかった。先行研究 において,慢性の過重力はさまざまな器官やシステム に影響することが報告されており16,17,26,33),なかでも, ヒラメ筋筋線維の発達もしくは異化は,慢性の過重力 負荷と密接に関連していることが示されている5,9,26,27)。 一方,急性の過重力負荷(2 G)曝露に対しても,ヒ ラメ筋は1 G 環境下またはそれ以上の筋活動を示すこ とが報告されている37)。これらのことより,本研究に おいてヒラメ筋に明らかな生化学的変化を観察しな かったことは,ヒラメ筋の抗重力筋としての活動量の 相違ではないと考えられる。同様に,ヒラメ筋以外の 筋群で観察されたTNFα 増加による炎症性反応は,異 なる筋線維タイプ特性による応答性の違いよるものと 示唆される。さらに速筋である前脛骨筋においては通 常の状態でも他の筋に比べIL-6 の発現量が少ないこ とから,筋線維タイプによる特異性が伺える。  
 本研究においてはiNOS のmRNA を測定した。骨 格筋の収縮能や血管の緊張度,血流の調節などに重 要な役割を果たしているNO3,18,21)の合成酵素には, iNOS の他に,血管内皮性および神経性のNOS が存在 する22)。この3 種類の酵素ともにL-アルギニンから NO を合成することから,本研究における過重力負荷 により増加したNO については,血管内皮性もしくは 神経性のNOS も関係していた可能性を完全には否定 できないと考えられる。

V. まとめ
 本研究では,短時間の過重力負荷が,骨格筋に 損傷をもたらすのではないかという仮説をたて実験を 行った。その結果,8 分間の3.0-G 過重力負荷は,腓 腹筋,前脛骨筋および長指伸筋において筋損傷の指標 物質を有意に増加させたものの,筋損傷の指標物質 の一つであり筋へのグルコースの取込にも関与する IL-6 は,いずれの筋においても増加しなかった。さ らに遅筋であるヒラメ筋においては他の筋とは異なり すべての指標において,過重力負荷による影響を認め なかった。これらの結果から,短時間の過重力負荷に より引き起こされる骨格筋内の炎症性反応は1 G 環境 下とは異なり,さらに筋特性による応答性の差異が生 じている可能性が示唆された。



文 献

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