宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 140, 2009

講演

1. 検疫の効果と限界

藤田 真敬

防衛医科大学校 防衛医学研究センター 異常環境衛生研究部門

Quarantine for 2009 Pandemic Influenza A(H1N1): Its Impact and Limitations

Masanori Fujita

National Defense Medical College, Division of Environmental Medicine, Research Institute

 2009 年3 月下旬から4 月中旬にメキシコ,米国から発 生した新型インフルエンザは世界中に広がり世界保健機 構(WHO)は4 月28 日にフェーズ4,同30 日にフェー ズ5 を宣言した。国内では検疫の強化が決定し4 月28 日 から5 月22 日まで,国際空港でメキシコ,米国,カナダ からの到着便に対してかつてない大規模な機内検疫が行 われた。
 防衛省,防衛医科大学校から厚生労働省検疫官として 成田空港に派遣され,新型インフルエンザ初発例の機内 検査に立ち会うなど一連の検疫業務を経験した。
 感染症には潜伏期が存在する。検疫では,空港到着時 に症状が現れない限り,その場での診断は難しい。サー モグラフィによる発熱患者の検出は大勢を迅速に検査可 能な反面,泣いている乳児,アルコールやキムチの摂取, 窓際の直射日光により皮膚表面温度の一時的上昇を伴う, 冷風をあびたり冷タオルでぬぐえば皮膚温の一時低下を 伴うなど検出精度は必ずしも高くない。発熱や症状の確 認された例に対して迅速診断キットの診断率は一般に約 70% である。検疫に100% を期待することはできない。
 国内患者数の推移を見ると,空港で患者と診断される 割合は0.8%, 帰宅後に初めて患者と診断されるのは 21.5%,市中感染者は77.7% であった。
 機内検疫開始以来,1 ヶ月後(6 月7 日),2 ヶ月後(7 月10 日)の5 都市の比較を行うと,1 ヶ月後では検疫を 通過した患者の割合が多い都市ほど,患者総数が少ない。 2 ヶ月後ではこの傾向は乏しい。
 初発患者発生から患者5,000 人に至る期間について日本 は81 日。一方,大規模な検疫を行わなかった米国は51 日, 英国は63 日であった。
 検疫現場で患者と診断される割合は少ないものの,疑 い症例や健康者へのアドバイスや,注意喚起,検疫通過 者に対する帰国後の保健所の追跡調査,報道による意識 の高揚などが相まって,検疫開始早期の2 次感染の予防 に貢献したものと考えている。