宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 134, 2009

宇宙基地医学研究会

3. 宇宙飛行士の放射線被曝管理運用

遠藤 祐希子

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部

The operation of radiation exposure management for JAXA’s astronauts

Yukiko Endo

Japan Aerospace Exploration Agency, Human Space Technology and Astronauts Department

 宇宙空間には宇宙放射線が存在し,それらは銀河宇宙 線,太陽粒子現象,捕捉放射線から構成される。一般的 に放射線が人体に引き起こす影響は,被曝線量によって 様々であり,水晶体の混濁や皮膚の紅斑から発がんや急 性期死亡など多岐に渡る。通常,地上では,宇宙放射線 は大気や地球磁場によって遮られるため,人体に与える 影響はわずかである。しかしながら大気がない宇宙空間 では,影響を無視できる被曝線量レベルを超え,宇宙飛 行士の宇宙空間における医学的リスク因子の一つとなっ ている。
 宇宙飛行士の宇宙放射線被曝管理は,不必要な放射線 被曝による医学的リスクを回避し,宇宙空間における宇 宙飛行士の滞在可能日数を最大化するためには非常に重 要である。今後は,JAXA 宇宙飛行士のISS 滞在が定期的 に予定されており,被曝管理運用の重要性はますます高 まると考える。
 2008 年3 月の1J/A 及び2008 年6 月の1J の2 回の日本 人宇宙飛行士搭乗短期ミッションにおいて,我々はこれ までに整備した宇宙放射線被曝管理運用手法を用いてそ の運用手順と有効性を確認し,2009 年3 月から約5 ヶ月 に渡る日本人宇宙飛行士による第1 回ISS 長期滞在時の 宇宙放射線被曝管理運用を行った。以下,その概要を紹 介する。
 @ 宇宙放射線被曝管理システム
 ISS 放射線環境監視ソフトウェアとISS 飛行線量算定ソ フトウェアの2 つから構成される。ISS 放射線環境監視ソ フトウェアでは,ISS 内外に設置されたISS 搭載放射線計 測器で実測される環境放射線の累積線量値及び線量率を NASA から取得し,ISS 内外の環境監視を行う。ISS 飛行 線量算定ソフトウェアでは,日本人飛行士の人体被曝線 量を算定し被曝線量の管理を行う。
 A 太陽−地球圏の宇宙放射線環境の自動監視
 静止軌道環境衛星(GOSE)により観測される陽子フラッ クス情報を自動取得,記録・保存する宇宙環境計測情報 システム(SEES)を用いて太陽−地球圏の宇宙放射線環 境の自動監視を行う。ISS の運用文書で定められた警報の レベルに達した場合には,SEES から警報を受信する。
 B 宇宙天気の現況と予報
 情報通信研究機構が作成した宇宙天気現況及び予報を, JAXA 被曝管理担当者が週報形式で受信する。太陽活動状 況(フレア,黒点,太陽風速等),地磁気憂乱,プロトン 現象に関して情報を入手し,被曝管理に活用する。
 C JAXA 個人被曝線量計
 ISS に長期滞在する日本人宇宙飛行士は,JAXA が開発 した個人線量計(JAXA Crew Passive Dosimeter)を常時 携帯し,個人の宇宙放射線被曝線量を計測する。
 今後は,より効率的な運用を行うための手順の最適化 を図る予定である。また,太陽フレア等の宇宙環境異常 発生時の運用方法の点検・訓練を行い,効果的な被曝管 理を継続し日本人宇宙飛行士を支援していく。