宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 133, 2009

宇宙基地医学研究会

2. 長期宇宙滞在に向けた精神心理支援

井上 夏彦

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部

JAXA Behavioral Health and Performance Support Program for ISS Prolonged Space Missions

Natsuhiko Inoue

Japan Aerospace Exploration Agency, Human Space Technology and Astronauts Department

 これまで日本人宇宙飛行士が参加してきた2 週間程度 のスペースシャトルミッションと比較して,滞在期間が 最大半年に及ぶ国際宇宙ステーションミッションでは精 神心理的健康状態を健常に保つことがミッションの成功 に向けて一層重要視されるようになっている。JAXA でも 2 名の精神心理支援要員を養成し,飛行士の長期滞在に伴 うストレスを低減するために,NASA が行っているものと 同等の精神心理支援プログラムを作成した。
 プログラムは飛行前・中・後の各フェーズに応じて行 われる。飛行前・後は支援要員との面談が主な支援とな るが,飛行中の支援は,@ テレビ電話装置を用いた面談, A スケジュール分析・調整による疲労の軽減,B コミュ ニケーションインフラの提供,C 情報の提供,D 物品の 提供,からなる支援を行う。
 具体的な支援手法として,まず特定のISS ミッション に任命されたJAXA 宇宙飛行士に対し,飛行の一年程度前 に精神心理支援用のアンケートに記入してもらう。この アンケートには,a)家族や親しい友人の情報,b)軌道 上で入手したいニュースソース(新聞・テレビ・Web など), c)好きな音楽・テレビ番組・映画,d)軌道上で利用し たいソフト,e)趣味,f)好きな菓子類,g)軌道上から 話をしたい人,等様々な情報に関する質問が盛り込まれ ている。この回答をもとに,JAXA の担当者は飛行士・家族・ NASA 担当者等と調整を進め,ミッションに臨むのである。 では続いて上記 @〜D の詳細について述べていこう。
 @ テレビ電話装置を用いた面談
 家族・友人と行うもの(毎週一回),精神心理担当と行 うもの(二週に一回),及びアンケート回答に基づく希望 者と行うもの(月一回程度)がある。
 A スケジュール分析・調整による疲労の軽減
 FS やBME 等と協力し,タイムラインを分析して適切 なワーク・レストが保たれるように調整する。
 B コミュニケーションインフラの提供
 NASA と協力し,IP 電話・テレビ会議回線・個人用PC への日本語環境の整備などを行っている。
 C 情報の提供
 軌道上PC からアクセス可能なクルー用の個人ページを 整備し,そこに上記アンケート回答に基づき収集する ニュースや音楽,テレビ番組などを随時アップデートし て掲載する。
 D 物品の提供
 上記アンケート回答に基づき,スペースシャトルやそ の他の輸送船の打上の際に個人用の嗜好品(家族からの 手紙や菓子,写真など)を提供する。
 このような支援を提供することで,宇宙飛行士のモティ ベーションを保つと共にストレスを低減し,十分なパ フォーマンスを発揮できる環境を保っている。今後も JAXA 宇宙飛行士のISS 滞在は定期的に予定されているが, 各回の運用により知見を蓄積し,より効果的な支援を継 続的に提供していく予定である。