宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 132, 2009

宇宙基地医学研究会

1. JAXA 飛行士の健康管理運用について

立花 正一

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部

Medical Operations for the JAXA Astronauts

Shoichi Tachibana

Japan Aerospace Exploration Agency, Human Space Technology and Astronauts Department

 本年7 月31 日に若田飛行士が4 ヵ月半に渡る国際宇宙 ステーションへの長期滞在を終えて,無事フロリダのケ ネディー宇宙センターに着陸した。JAXA はこれまで数多 くの日本人飛行士のスペースシャトル短期飛行を支援し てきたが,数ヵ月間に及ぶ長期滞在を支援したのは初め てである。これまでのシャトル搭乗員の健康管理の責任 はNASA にあったが,若田飛行士は「ISS 搭乗員」であり, 健康管理の責任はJAXA が負うことになった。この意味は 大変大きく,JAXA はこの機会に,これまでNASA に「お んぶに抱っこ」状態であった健康管理体制を改め,自前 でできる活動を増やすように,何年も前から筑波宇宙セ ンターにシステムの整備と各種要員の養成を行なってき た。精神心理支援,放射線被曝管理,フライトサージャ ンによる定期問診などが独立できた活動であり,この下 支えをしたのがBME(バイオ・メディカル・エンジニア) の活躍である。長期滞在には欠かせない体力トレーニン グについても詳細な情報と知見を得た。
 フライトサージャンは専任で健康管理に当たるものを 任命し,彼は打ち上げ1 ヵ月前から着陸まで基本的にア メリカ現地に滞在し,NASA と緊密な連絡を取りながら, 週1 回の遠隔面談等を行ないながら健康管理に当たった。
 精神心理に関しては,筑波センターにテレビ会議シス テムを整備し,2 週に1 回の遠隔面談を精神心理専門家が 実施し,精神心理状況の評価をした。支援プログラムと してはクルー・ケアー・パッケージ(現代版慰問袋)の 提供,ニュースや雑誌などの電子的提供,家族との遠隔 面談の支援,地上との各種交信イベントの支援,クルー Web ページの開設などを実施した。
 放射線被曝管理では,筑波センターに宇宙天気予報(太 陽活動のモニターと予想)とISS 内放射線環境モニター からのデータを分析できるコンピュータを整備して, JAXA 独自に放射線環境について評価分析できる体制を 作った。今回の若田飛行士の飛行中は幸い太陽活動は不 活発であり,被曝量も比較的少なかったが,今後太陽活 動の活発になる時期にはこのシステムが威力を発揮する であろう。
 地上からはるか遠隔にある飛行士の健康管理は,もっ ぱら通信システムを介して行なう遠隔医療である。ISS に 搭載している医療機器や運動機器の管理や飛行士のスケ ジュール管理には,NASA のBME が24 時間(3 シフト) 体制で臨んでいる。彼らと密接な連絡を取りながらJAXA のBME も今回初めて活動を開始した。長期滞在を支援す るためには,大変な努力と負担を担ったが大きな成果を 得た。
 軌道上での定期的な運動は飛行士のコンディション維 持のためには欠かせないプログラムで,飛行後のリハビ リの効果にも大きく影響する。JAXA は今回は初めての経 験のため運動プログラムの管理はNASA に負うところが 大であったが,詳細なデータを得ることができ今後の独 自の活動への足掛かりを得た。
 また,日本人の長期滞在に間に合わせるように開発さ れた宇宙日本食28 種類も大変好評で,外国人飛行士にも 人気があることを確認でき,宇宙日本食は米ロの宇宙食 に次ぐ第3 の宇宙食としてISS 標準メニューに加えられ る目途が立った。
 以上のように今回の長期滞在ミッションの支援により JAXA の飛行士健康管理チームは大変貴重な経験と知見を 蓄積することができ,この経験は本年12 月から始まる第 2 回目の長期滞在ミッション(野口飛行士)に大いに生か されるものと期待される。