宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 131, 2009

東北宇宙生命科学研究会

閉鎖型生態系実験施設(CEEF)における居住実験

相部 洋一

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部

The closed habitation experiments using Closed Ecology Experiment Facilities(CEEF)

Yoichi Aibe

Japan Aerospace Exploration Agency, Human Space Technology and Astronauts Department

 青森県六ケ所村にある,財団法人環境科学技術研究所 では,2005 年から2007 年にかけ,閉鎖型生態系実験施設 (Closed Ecology Experiment Facilities ; CEEF)を用いた閉 鎖居住実験が,繰返し実施された。このプロジェクトは 安定同位体13C をトレーサーとして,植物,動物,ヒト への炭素移行に関するデータを得ることを目的として計 画され,CEEF 内にはコメやダイズなど23 種類の植物, シバヤギ2 頭,そしてヒト2 名から構成される模擬的な 生態系が構築された。一方CEEF は,将来の長期的な有 人宇宙ミッションに必要な,自立型の先端生命維持装置 (Advanced Life Support System : ALSS)の地上テストベッ ドと見做せる施設であり,その実証実験としての居住実 験は,日本初というのみならず,世界的にみてもユニー クなものであった。
 居住実験の居住者は,日本人宇宙飛行士の選抜方法に 倣った医学的,心理的適性検査等を経て,2003 年度末ま でに全4 名の成人男性が選抜された。4 名の居住者は,選 抜プロセスや,CEEF への長期閉鎖居住を行うというミッ ションの特質から,宇宙飛行士(Astronaut)に倣ってEconaut( エコノート)と名づけられた。
 居住実験中,エコノートは,あらかじめ予定された1 週間単位のスケジュールに則って生活した。居住実験は, 火曜日の13 時に開始され,平日は植物栽培管理作業や機 器校正作業等を行った。土・日は休日とされ,動物の給 餌等以外の作業は原則として行われなかった。実験終了 は同じく火曜日の13 時とされた。
 居住中の食事は,系内で栽培された23 種の植物を用い た完全菜食メニューを,あらかじめ決められたレシピに 基づいて,エコノート自身が系内で調理し摂取した。砂 糖はサトウダイコンの絞り汁を用いたが,不足分は,系 外より市販品を補充した。それ以外の調味料および不足 した一部の食材も,同じく系外より市販品を補充した。 食料の重量ベースでの自給率は,94.6% であった。食事で 供給されたエネルギー量は1 日あたり平均で2,250 kcal に 維持された。飲料水は,凝縮水をフィルター浄化して得 られた系内の上水を煮沸して用いた。食器の洗浄は,家 庭用の自動式食器洗浄器を用いたが,物質循環系システ ムへの負荷を考慮し,洗剤は一切用いなかった。入浴は, 1 日1 回バケツに7 リットルのお湯を汲み,それによって 沐浴を行うような方法で実施した。この際も,シャンプー や石鹸などは一切用いなかった。
 2007 年の最長4 週間まで実施された全13 回の閉鎖居住 実験を通し,エコノートからは,多くの生理的・心理的デー タが取得された。居住中は系内の作物による完全菜食と なることから,血中脂質成分は実験終了後に減少する傾 向が認められた。居住期間中の血圧や体温等,基礎的な バイタルデータについては,特に一定の傾向をもつ変化 は認められなかった。ストレスに関連が深い生理的指標 として唾液中のコルチゾールと尿中アドレナリンが測定 され,居住期間中は,その前後と比較し低値を示し,開 始前と終了後は,高値を示す傾向がみられた。さらに10 項目の質問からなるVisual Analogue Scale(VAS)により, 居住実験中は,その前後と比較してリラックスしている 傾向が見られた。また,その傾向はホルター心電計によ る24 時間心電図の周波数解析でも確認できた。
 これらの生理・心理データは,閉鎖系で長期閉鎖生活 を行う宇宙飛行士や,南極越冬隊等とも類比可能なもの であり,また,今後同様の自立型ALSS 地上テストベッ ドにおける長期居住実施時の基礎データ,ひいては,実 際の長期宇宙滞在時の健康対策を検討する上での基礎 データとなりうるものと考えられた。