宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 122, 2009

教育講演

1. 睡眠のホメオスタシス: 代謝機構との関連

勢井 宏義

徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部統合生理学分野

Sleep homeostasis : its interaction with metabolic function

Hiroyoshi Sei

Department of Integrative Physiology, Institute of Health Biosciences, The University of Tokushima Graduate School

 ヒトは何日も徹夜を続けることは不可能であり,生き ていく上で睡眠が必須であることが分かる。一方,「睡眠 不足で元気がでない」「ストレスで寝付きが悪い」など, 睡眠に関わる悩みは多い。また,最近,「睡眠不足が糖尿 病の危険率を上げる」「睡眠不足がアルツハイマーにつな がる?」など,睡眠の重要性と各種疾患との関連性につ いて科学的なエヴィデンスも多く報告されている。睡眠 の発生機構には,プロスタグランジンD2 −ヒスタミン− アデノシン系やオレキシンを中心とした系など,日本人 研究者を中心として解明が進んでいる。アデノシンやオ レキシンが代謝機構にも重要な役割を演じているように, 摂食・代謝と睡眠はエネルギーの調節という面から見る と車の両輪にあたる。今回は,代謝機構と睡眠調節の関 連について我々のデータを下に,脂質代謝系に焦点をあ てる。  
 睡眠の調節には2 つの調節機構が関わっている。一つ はサーカディアンリズム機構であり,もう一つは,ホメ オスタシス機構である。サーカディアンリズム機構は睡 眠のタイミングを調節しており,生物時計がその中心に ある。時計遺伝子群が生物時計の分子機構を担当してい るが,代謝や睡眠の調節にも深く関わっていることが解っ てきている。睡眠のホメオスタシス機構は,睡眠の深さ を調節している。睡眠は,強制的にうばわれる(断眠さ れる)と長さではなく深さで補おうとする。深さは,睡 眠中の脳波に出現するデルタ波が表現している。徹夜し た次の夜にはデルタ波が増強する。このデルタ波の調節 に代謝機構が関与している。脂質や糖代謝に関わる核内 受容体Peroxisome proliferator-activated receptors( PPARs) のアゴニストは,高脂血症の薬として広く処方されてい る。我々は,その一つベザフィブラートがマウスのデル タ波を増大させることを報告した(Chikahisa S, et al. 2008)。また, 細胞内のAMP/ATP のセンサーである AMP-activated protein kinase( AMPK) もデルタ波の調節 に関わっており,AMPK のinhibitor であるCompound C はデルタ波を抑制し,逆に,AMPK のenhancer である AICAR はデルタ波を増強する。また,6 時間の断眠は AMPK の活性化(リン酸化)を促す(Chikahisa S, et al. 2009)。PPAR,AMPK いずれも,その役割としてミトコ ンドリアにおける脂質のβ 酸化を促進させることが知ら れており,冬眠にも深く関与している。PPAR とAMPK が共に活性化する絶食をマウスに負荷すると,絶食後, 再摂餌した後に発生した睡眠中のデルタ波が増大した (Shimizu N, et al. submitted)。絶食は冬眠を誘導する因子 の一つである。また,冬眠から覚醒した後の睡眠でもデ ルタ波が増強することが報告されている。絶食や断眠は, 冬眠にも関わっている代謝機構を活性化し,その活性化 の後に出現する睡眠のデルタ波を増強させることを示唆 している。  
 冬眠は睡眠と全く異なる意識状態であるが,冬眠を司 る代謝機構が,通常の環境下で,睡眠の深さ,あるいは ホメオスタシスに関わっているかもしれない。