宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 115, 2009

一般演題

43. 航空性リンパ瘻が疑われた1 例

戸井 輝夫,野村 泰之,池田 篤生,増田 毅,飯國 芙沙子,濱田 奈緒子,生井 明浩, 鴫原 俊太郎,池田 稔

日本大学医学部 耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野

A Case of Vertigo and Hearing Loss Induced by Barotrauma

Teruo Toi, Yasuyuki Nomura, Atsuo Ikeda, Takeshi Masuda, Husako Iikuni, Naoko Hamada, Akihiro Ikui, Shuntaro Shigihara, Minoru Ikeda

Department of Otolaryngology-Head and Neck Surgery, Nihon University School of Medicine

 【はじめに】 航空機離着陸時の気圧変化で耳疾患を生 じることがある。中耳腔と咽頭の耳管を介した圧差によ り耳閉感を生じることはよく経験するが,時には航空性 中耳炎や外リンパ瘻を呈することもある。近年ではその 対応策として離着陸時に乗客に飴を配布したりもしてい るが,今回,国内線着陸時にめまいと難聴を生じて航空 性外リンパ瘻を生じたと考えられた症例を経験したので 報告する。  【症例】 患者: 36 歳,男性。主訴: めまい,耳鳴,嘔吐。 既往歴: 特になし。現病歴: 飛行機で大阪
から羽田空港 に着陸した際に回転性めまいおよび左耳閉感,耳鳴,嘔 吐を伴ったため,近くの病院へ救急搬送された。頭部 MRI にて異常は認めず,点滴を行い,一時帰宅となった。 翌日起床した際にも,まだめまいがあり,当科を紹介受 診した。現症: 耳鏡検査では,両耳鼓膜は正常で,鼻咽 喉頭にも異常所見はなかった。指鼻試験やディアドコキ ネーシスに異常は認めなかった。注視およびフレンツェ ル眼鏡下にて自発眼振は認めず,頭位眼振検査でも眼振 は認めなかった。頭位変換眼振検査にて懸垂頭位でわず かに右向きの水平回旋混合性眼振を認めた。検査所見: 初診時純音聴力検査にて左耳の感音難聴を認めた。血液 検査および,第3 病日に施行したMRI では異常は認めな かった。経過: 航空性外リンパ瘻が疑われ,即日入院と した。入院後よりベッド上安静とし,突発性難聴に準じ て保存的にステロイド剤などの投与を開始した。仕事の 都合で早期に退院せねばならず,御本人と相談し,試験 的鼓室開放術は行わないこととなった。第4 病日にはめ まい症状は改善したため,退院となった。退院時には左 耳の高音域の難聴および左耳鳴は残存していた。退院後 は外来通院で,ATP,ビタミン剤,循環改善剤の内服を継 続した。第6 病日に施行した純音聴力検査では8,000 Hz 以外左右差がない程まで改善した。第21 病日に来院した 際には左耳鳴は残存していたが,めまい症状は消失した。
 【考察・結語】 外リンパ瘻は外リンパ腔と中耳腔の間 に交通ができ,外リンパが中耳腔に漏出する状態である。 漏出部位は主に前庭窓あるいは蝸牛窓または両者である。 今回の症例では,飛行機の下降時に,気圧の変化が鼻咽 腔の圧を高めて,耳管を経由し相対的陰圧状態の中耳腔 に至り,前庭窓もしくは蝸牛窓を中耳から内耳方向へ向 かって破綻させたものと思われる。特に航空性中耳炎と 同様,耳管機能不全がその発症の誘因になると考えられ る。航空性外リンパ瘻の過去の報告を渉猟してみるとそ れほど数多くなく,実際には報告されていない例もある と思われる。予防策としては飴をなめたり,ガムをかむ 等がある。特に上気道感染時にはリスクとなり,やむを 得ず搭乗する際には,抗ヒスタミン剤の内服や点鼻薬な どの使用も考える。