宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 108, 2009

一般演題

36. 温熱性発汗障害とその治療戦略

犬飼 洋子,岩瀬 敏,桑原 祐子,西村 直記,佐藤 麻紀,Dominika Kanikowska,菅屋 潤壹

愛知医科大学医学部生理学第2講座

Disorder of thermoregulatory sweating and the treatment strategy

Yoko Inukai, Satoshi Iwase, Yuko Kuwahara, Naoki Nishimura, Maki Sato, Dominika Kanikowska, Junichi Sugenoya

Department of Physiology, Aichi Medical University

 温熱性発汗障害には多汗,発汗低下,無汗があり,全 身性と局所性に分かれる。血液,生化学,内分泌学的検 査と,温熱性発汗試験(ミノール法)で発汗分布,サー モグラフィで皮膚温分布,局所皮膚血流量測定などを組 み合わせて病巣と原因を精査することが重要である。  症例1(63 歳,男性)は2 か月前から体幹左側と右大 腿の多汗,右顔面・頭部の熱感を自覚した。ミノール法 による温熱発汗試験で右C5〜腹部,右L5以下,左T 9以 下領域の無汗をみとめ,左側体幹と右側顔面〜C4領域で の発汗亢進をみとめたが,これら多汗部位は無汗部の存 在による代償性発汗亢進であると推察された。サーモグ ラフィでは無汗部位に一致して皮膚温高値をみとめた。 以上より障害部位は左第4 頸髄,左第8 胸髄,右第4 腰 髄と推察した。脊椎MRI でC3/C4,C6/C7頸椎症をみとめ, 右C5レベル以下の無汗部位に一致,また,L 5/S1腰椎椎間 板ヘルニアは右L5以下の無汗部位に一致したことにより, 発汗障害の原因はこれらの脊髄障害によると判断した。 頸椎症に対しては牽引を開始した。  症例2(44 歳,男性)は受診1 年前の夏より体幹上部 右半側の多汗を自覚し,同年11 月より右背部,右肩,右 腋窩の痛みが徐々に増強した。ホルネル徴候なし,受診 時5 月のミノール法による温熱発汗試験では,腹面で右 T3領域の無汗と,その上下T 2とT 4-5領域での発汗亢進を みとめ,背面では右T2-4領域で無汗,またサーモグラフィ では同無汗部位で著明な皮膚温高値をみとめた。6 月の脊 椎MRI でT4椎体右背側部と右第4・5 肋骨後部に異常信 号域をみとめ,7 月の右肺上葉の造影CT でT4レベルの 右肺上葉背側に肋骨浸潤を疑う腫瘤をみとめた。よって 呼吸器内科に精査,治療目的で依頼し,経皮肺生検, MRI,骨シンチグラフィにて,肺腺癌Stage IV(右副腎転 移)と診断され,放射線治療と化学療法が開始された。 発汗障害を自覚後約1 年経過していた。以上,多汗を訴 える患者に対しては全身の発汗分布を検査することが重 要であり,無汗部位が存在した場合は,その原因を究明 することが必要である。それにより的確な治療が可能と なることがある。  症例3(1 歳9 か月,男性)正常分娩で既往歴に特記す べきことなし。生後3 か月時,左上肢の皮膚のみ冷たかっ た。9 か月時,夏季に発汗が右顔面〜右上半身のみであっ た。1 歳9 か月時,入浴時に顔面右半分のみ赤くなる。ア ディー瞳孔,ホルネル徴候はみとめられない。ミノール 法による温熱発汗試験では,顔面左半分からC4支配領域 までの無汗と,右C5からT 10支配領域あたりまでの上肢 体幹での発汗低下をみとめた。よってホルネル徴候を伴 わない本症例の障害部位は,頸部交感神経幹内の第4 頸 神経が出る中枢側である。左上頸神経節と中頸神経節と の間の交感神経節前線維であると推察され,原因は分娩 時などにおける頸部牽引による損傷が考えられた。経過 観察したところ,ミノール法にて無汗部位が2 歳3 か月 で手掌を除いてT2まで,3 歳10 か月でT 3領域まで進展 していた。  多汗を訴える患者に対しては,無汗部位の存在の可能 性を考慮し全身の発汗分布を検査することが重要である。 発汗障害の原因精査により,可能な限りの治療につなが ることが示唆された。