宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 105, 2009

一般演題

33. 身体の傾斜感覚に対する視覚情報の効果

栗田 昭宏1,松延 毅1,塩谷 彰浩1,田村 敦1, 2,緒方 克彦3,和田 佳郎4

1防衛医科大学校耳鼻咽喉科
2航空医学実験隊
3防衛医科大学校幹事
4奈良県立医科大学第一生理

Effects of visual information on tilt perception

Akihiro Kurita1, Takeshi Matsunobu1, Akihiro Shiotani1, Atsushi Tamura1, 2, Katsuhiko Ogata3, Yoshiro Wada4

1Department of Otolaryngology, National Defense Medical College
2Aeromedical Laboratory, Japan Air Self Defense Force
3Vice President, National Defense Medical College
4Department of Physiology I, Nara Medical University

 【目的】 空間識の要素のひとつである身体の傾斜感覚 には,重力センサーである前庭耳石器のみならず視覚や 体性感覚の情報も関与している。そこで今回,身体のroll 傾斜感覚に対する視覚情報の効果について検討する目的 で,航空医学実験隊の空間識訓練装置を用いて実験をお こなった。
 【方法】 対象は健常成人9 名(男性,21-49 歳,平均 30.8 歳)とした。実験は,被験者を空間識訓練装置内で 座位にて頭部と体幹を固定し,視野制限(左右36 度,上 下28 度)ゴーグルを装着させた状態で空間識訓練装置を 左右30 度の範囲内(10 度間隔,7 条件)でroll 傾斜させ, 被験者の回転感が完全に消失した後(1-2 分後)に両眼視 にて前方スクリーン上のbar を重力軸に合わせるよう指示 し, 自覚的視性垂直位(Subjective Visual Vertical, SVV) を評価した。視覚条件は,dark 条件: 視覚情報がない暗所, vL20 条件: 被験者から見て左に20 度roll 傾斜した視覚情 報を提示,v0 条件: 被験者から見て直立(0 度roll 傾斜) した視覚情報を提示,vR20 条件: 被験者から見て右に20 度roll 傾斜した視覚情報を提示,の4 条件を設定した。傾 斜感覚はSVV と頭部傾斜角度の差と定義した。
 【結果】 dark 条件では,傾斜感覚は頭部傾斜角度とほ ぼ直線関係(R2=0.9999)を示し,実際の頭部傾斜を過小 評価(×0.82)する傾向(A-effect)が認められた。dark 条件での傾斜感覚をcontrol とすると,v0 条件はすべての 頭部傾斜条件において傾斜感覚を抑制した(平均19% 抑 制)。vL20(vR20)条件は,右(左)頭部傾斜時には傾斜 感覚を増強し,左(右)頭部傾斜時には傾斜感覚を抑制 した。また,vL20(vR20)条件における右(左)20 度の 頭部傾斜時には,傾斜感覚は実際の頭部傾斜と一致した。 左(右)頭部傾斜時のvL20(vR20)における傾斜感覚抑 制効果と,v0 条件における傾斜感覚抑制効果を比較する と,前者の抑制効果の方が強いが,頭部傾斜角が20 度以 上(視覚情報は40 度以上の傾斜)になるとその差はほと んどなくなった。
 【考察】 今回の実験条件において,次のような視覚効 果が認められた。1)傾斜していないという視覚情報(v0 条件)により傾斜感覚は抑制された。2)傾斜していると いう視覚情報(vL20 およびvR20 条件)により,視覚情 報の傾斜と反対方向に頭部が傾斜すると傾斜感覚は増強 され,同方向に頭部が傾斜すると傾斜感覚は抑制された。 3)実際の傾斜と一致する視覚情報により傾斜感覚は正し くなった。4)視覚情報を重力軸からある一定以上に傾斜 させることは,傾き感覚の抑制効果の増強にはならなかっ た。以上4 つの効果をまとめると以下のようになる。「(今 回の実験の範囲内の傾斜では)頭部傾斜時に視覚情報を 与える効果としては,視覚情報にとっての垂直軸に合わ せるような方向にSVV が偏位し,その結果傾斜感覚が増 減する。その偏位の幅は,頭位や視覚情報の傾斜によっ て変化するが,視覚情報の垂直軸が重力軸からはなれす ぎると効果が弱まる可能性がある。」このような周辺視野 の傾きによる垂直軸の誤認は,航空機操縦における視性 錯覚による空間識失調につながるものであり,今回のデー タはその一部を裏付けるものであったと考える。