宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 104, 2009

一般演題

32. 身体のroll 傾斜に対するOcular-counter rolling と傾斜感覚の関係

和田 佳郎1,緒方 克彦2

1奈良県立医科大学第一生理
2防衛医科大学校幹事

Correlation between ocular-counter rolling and tilt perception during static roll tilt

Yoshiro Wada1, Katsuhiko Ogata2

1Department of Physiology I, Nara Medical University
2Vice President, National Defense Medical College

 【背景と目的】 重力に対する身体の傾斜感覚は,前庭 耳石器感覚,体性感覚,視覚などの感覚情報によって形 成される空間識の一要素であり,これまで無重力下では 存在しないと考えられてきた。しかし予想に反して,16 日間の宇宙滞在中に実施された遠心加速器を用いた実験 において,宇宙飛行士は地上と同様の傾斜感覚を報告し (Clement et al., Exp Brain Res, 2001),本来はroll 傾斜を代 償する前庭動眼反射である回旋性眼球運動(ocular-counter rolling, OCR)が観察された(Moore et al., Exp Brain Res, 2001)。この理由は未だ不明であり,われわれは現在,傾 斜感覚のメカニズム解明を目指して航空医学実験隊の空 間識訓練装置を用いた実験を実施している。今回,その 一環としてroll 傾斜に対する傾斜感覚とOCR を測定し, 両者の関係について検討をおこなった。
 【方法】 対象は健常成人6 名(男性,30-49 歳,平均 37.0 歳)とした。実験は被験者を空間識訓練装置内で座 らせ,バイトバー,頭部固定装置,ネックカラー,5 点式 シートベルト,体部固定装置にて頭部,頸部,体幹を固 定し,ゴーグル型眼球回旋撮影装置(NEWOPTO, ET-60) を装着した。視覚情報がない条件下で,空間識訓練装置 を左に0, 10, 20, 30, 45, 60, 75, 90 度roll 傾斜( 角速度 1.00 deg/s,最大角加速度5.00 deg/s2)させ,完全に回転 感と眼振が消失した後(1-2 分後)に前方スクリーン上の bar を重力軸に合わせるよう指示し,自覚的視性垂直位 (subjective visual vertical, SVV)を測定した。傾斜感覚は SVV と頭部roll 傾斜角度の差と定義し算出した。また, その状態で眼球を撮影(30 fps)し,虹彩紋裡を指標とし て手動にてOCR を測定した。
 【結果】 6 名の平均から,傾斜感覚のgain(= 傾斜感覚 / 実際の傾斜)は,身体のroll 傾斜が10 度(0.70)と20 度 (0.77)では過小評価(A-effect)となるが,30 度(1.20) と45 度(1.16)では過大評価(E-effect)となり,90 度(0.87) では再び過小評価(A-effect)となる傾向が認められた。 一方,OCR のgain はroll 傾斜が10 度では0.158 であった が,roll 傾斜が大きくなるに従って小さくなり,90 度で は0.062 となった。また,すべてのroll 傾斜条件での傾斜 感覚のgain とOCR のgain の間には負の相関(r=−0.34, p<0.05)が認められ,この傾向はroll 傾斜が30 度以下(10 度,20 度,30 度で相関係数r がそれぞれ−0.35,−0.38, −0.54)で顕著であった。
 【考察】 身体のroll 傾斜に対する傾斜感覚とOCR は必 ずしも同じ特性を示さなかった。特に,「roll 傾斜が小さ くなるほど傾斜感覚のgain は小さくなるがOCR のgain は大きくなり」,「傾斜感覚のgain が小さい被験者ほど OCR のgain が大きい」という正反対の傾向が認められた。 同じ感覚情報を基にした出力でありながら傾斜感覚と OCR の特性が異なるのは,1)OCR は脳幹を介した反射 であるが傾斜感覚は大脳皮質における認知であり情報処 理の神経機構が異なる,2)OCR がSVV に影響を与えて いる,3)傾斜感覚とOCR では耳石器感覚情報と体性感 覚情報の寄与する割合が異なる,などの理由が考えられ る。今後,この傾斜感覚とOCR の乖離現象を手がかりと して傾斜感覚のメカニズム解明を進めていく予定である。