宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 102, 2009

一般演題

30. 乗物の快適さに身体と視野の振動が与える影響

増田 修1,河合 俊岳2,井須 尚紀1

1三重大学大学院 工学研究科 2株式会社本田技術研究所 四輪開発センター

Effects of somatic and visual vibrations on the comfort of vehicles

Osamu Masuda1, Toshitake Kawai2, Naoki Isu1

1Faculty of Engineering, Mie University
2Honda R & D Co., Ltd. Automobile R & D Cente

 一般に乗物に乗ると,一直線に前進している場合でも ロールやピッチ回転が複合した複雑な非周期的振動を生 じる。乗物の揺れは,一般に乗り心地を低下させる要因 となるが,一方,心地良い眠気を誘う刺激ともなる。本 研究では,身体や視野に加わる非周期的振動において, 振動の回転軸方向の変動や身体-視野振動間の時間差が乗 り心地にどのように影響するかを検討した。
 健常な被験者29 名をモーションベースに座らせて,ロー ル軸とピッチ軸まわりに5 種類のパワー比(4 : 0, 3 : 1, 2 : 2, 1 : 3, 0 : 4)で非周期的に振動させ,88°×40°の視野 に,時速60 km で直進する自動車の運転席からの見えを 模擬した三次元コンピュータグラフィクス映像を両眼立 体視により呈示した。また,自動車のサスペンション特 性を考慮して,自動車内部の映像の振動を身体振動より も5 種類の時間差(0.0 s, 0.2 s, 0.4 s, 0.6 s, および無相関) で先行させた。時間差を付ける条件では,振動のパワー 比は2 : 2 で固定とした。白色雑音を2 次の共振フィルタ に通すことにより,非周期的振動信号を生成した。この 共振周波数は,1 Hz 以下の場合(低周波数)と,1〜2 Hz の場合(高周波数)の2 通りとした。連続する2 試行間 で「乗り心地」および「揺れの強さ感覚」をScheffé の一 対比較法で被験者に応答させ,範疇判断則および比較判 断則に従って距離尺度を構成した。1 試行の刺激時間は 45 s とし,2,160 回の比較を実施した。本研究における実 験は,三重大学大学院工学研究科実験倫理委員会の承認 の下に実施した。
 結果は,一貫して高周波数振動よりも低周波数振動の 方が,また単独軸振動よりも複合軸振動の方が感じられ る揺れが小さく,乗り心地が良かった。視野の振動と身 体の振動の間の時間差は乗り心地に影響しなかった。乗 り心地と揺れの強さ感覚との間には強い負の相関があり, 周波数にかかわらず,揺れが強いほど乗り心地が悪かっ た。
 本実験では,ロールおよびピッチ回転の角速度の二乗 和が等しくなるように刺激の大きさを与えた。これは, 本実験の周波数範囲では,半規管出力は角速度に比例し ているためである。実験結果では,刺激の角速度が同じ であっても,高周波数の方が,揺れの強さは強く感じら れた。周波数が高いと,同じ角速度でも角加速度が大き くなるので,揺れの強さ感覚には角加速度も関与してい ることが考えられる。一方,頭部の振動特性を考えると, 立位または坐位においては,3 Hz, 10 Hz に共振周波数を 持つことが知られている。このため,低周波数よりも高 周波数の方が頭部振動の利得が大きく,揺れの感覚が強 まったと考えられる。さて,単独軸振動よりも複合軸振 動において揺れが弱く感じられる結果が得られた。複合 振動の角速度は,各軸の角速度のベクトル和となり,2 軸 の角速度は独立に与えられているので,両者のピークが 時間的に一致することは滅多に起こらない。このため, 短時間内での角速度の最大値は,複合振動の方が単独振 動よりも小さくなる。揺れの強さ感覚は,揺れ全体の実 効値よりも,揺れの瞬時の最大値により強く影響される と考えると,本実験の結果を説明できる。