宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 100, 2009
一般演題
28. 麻酔による姿勢維持の抑制等がメダカの脳における遺伝子発現に及ぼす影響
大平 宇志1,藤田 諒2,河野 史倫2,尾家 慶彦2,野村 幸子2,大平 充宣1, 2
1大阪大学大学院生命機能研究科
2大阪大学大学院医学系研究科
Effects of suppression of anti-gravity activity by anesthesia on medaka brain
Takashi Ohira1, Ryo Fujita2, Fuminori Kawano2, Yoshihiko Oke2, Sachiko Nomura2, Yoshinobu Ohira1, 2
1Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University
2Graduate School of Medicine, Osaka University
地球上の陸生生物は1-G の重力下での姿勢維持や歩行
といった抗重力活動を余儀なくされている。また,水中
は浮力が働くことから模擬微小重力環境として利用され
るが,やはり地球上では水棲生物も重力に抗した姿勢制
御を行っている。一方,宇宙飛行中は,これらの抗重力
活動は抑制される。
最近の報告により,運動と脳機能が関連していること
が示唆されることから,宇宙飛行による抗重力活動の抑
制も我々の脳機能に何らかの影響を及ぼす可能性が考え
られる。今回我々は,麻酔による抗重力筋活動の抑制が
メダカの脳に及ぼす影響を推察し,宇宙飛行したメダカ
や宇宙飛行中に誕生したメダカの脳を解析する際のター
ゲット分子をしぼるために実験を行った。
まず,カルキ抜きを行った水道水を入れた水槽を2 つ
用意し,一方には,魚類用の麻酔剤として知られる3-
aminobenzoic acid ethyl ester(MS-222) を12,000 倍希釈
されるように入れた。その後,それぞれの水槽にオスの
メダカを入れ麻酔群(18 匹),無麻酔コントロール群(13
匹)を,そのまま一日飼育した。そして,全脳を採取し,
両群のメダカの脳における遺伝子発現変化をマイクロア
レイ解析により比較した。マイクロアレイ解析は,株式
会社エコジェノミクスに外注し,両群それぞれ10 匹分の
全脳からtotal RNA を抽出・精製後,それぞれ3 枚のマイ
クロアレイを使用して行った。その結果,分析した6,000
種の遺伝子のうち発現比(麻酔群/ コントロール群)が2
倍以上変化した遺伝子は,247 種あった。そのうち,発現
比が増加したものは91 種,逆に減少したものは156 種で
あった。これらの遺伝子をカテゴリー別に分類すると,
転写に関係する遺伝子では,発現比が増加したものが9 種,
減少したものが19 種あった。また,細胞内シグナル伝達
に関係する遺伝子では,12 種が増加,14 種が減少し,物
質輸送に関する遺伝子では,7 種が増加,13 種が減少した。
タンパク質等の異化作用に関する遺伝子では,8 種が増加,
5 種が減少,アポトーシスに関する遺伝子では,1 種が増加,
3 種が減少,抗アポトーシスに関する遺伝子では,1 種が
増加し,1 種が減少した。さらに,機能不明のタンパク質
をコードする遺伝子の発現は,麻酔群で23 種増加し,60
種減少した。
以上の遺伝子発現変化がタンパク質発現にどれだけ反
映され,脳機能に如何なる影響を与えているかは不明で
あるが,ヒトやげっ歯類にも存在し,学習や記憶に関係
していると言われるearly growth response 1 や脳の発達に
関係していると言われるsphingosine-1-phosphate receptor
1,ニューロンのmigration 及び大脳皮質や海馬の発達に
関係していると言われるtyrosine 3-monooxygenase/tryptophan
5-monooxygenase activation protein, epsilon polypeptide
等の遺伝子発現が減少していたことから,麻酔による
抗重力筋活動の抑制は,メダカの脳機能に何らかの悪影
響を及ぼしていることが示唆される。また,これらの遺
伝子は,メダカを用いた宇宙実験により得られた結果を
基に,高等生物における影響を推察する場合に,有効な
ターゲットとなるものと推察される。本研究は日本学術
振興会科学研究費補助金(基盤S, 19100009)の助成を受
けて実施された。