宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 99, 2009

一般演題

27. 後肢懸垂が発育期ラットの記憶学習能力ならびに海馬蛋白質の発現へ及ぼす影響

尾家 慶彦1,河野 史倫1,野村 幸子1,大平 宇志2,藤田 諒1,大平 充宣1, 2

1大阪大学医学系研究科
2大阪大学生命機能研究科

Effects of hindlimb suspension on learning & brain protein expression in rats

Yoshihiko Oke1, Fuminori Kawano1, Sachiko Nomura1, Takashi Ohira2, Ryo Fujita1, Yoshinobu Ohira1, 2

1Graduate School of Medicine, Osaka University
2Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

 【背景】 宇宙空間における微小重力環境下では,抗重 力筋の萎縮など様々な生体機能の変化が起こる。このよ うな変化は脳機能に大きな影響を与えることが危惧され る。しかしながら,微小重力環境と脳機能の関係は未だ 明らかにされていない。
 【目的】 微小重力環境が記憶学習能に及ぼす影響なら びに脳内分子に起こる変化を調べるために,発育期の後 肢懸垂ラットとケージ飼育ラットを用いて迷路水槽テス トと海馬タンパク質の網羅的解析を行った。
 【方法】 生後3 週齢Wistar Hannover 雄ラットを後肢懸 垂群とケージ飼育群に分け14 日間飼育した(各n=10)。 迷路水槽には,3 ヶ所の分岐点に加えて,スタート地点・ プラットホーム・突当たりをそれぞれ含む3 つのエリア をセットした。迷路水槽テストでは,本番前練習として 直線コースを使用してプラットホームに到着すると助か ることを学習させ,2 分間のインターバルの後に本テスト を行った。本テストは,遊泳・10 秒間のプラットホーム 上での休憩・2 分間のインターバルを1 試行として4 試行 を連続で行った。記憶学習能力は,各試行回でのプラッ トホームに到着するまでの遊泳距離を比較して評価した。 また,1 試行中の遊泳時間が90 秒に達した場合はタイム アウトとし,その時点までの通過区画を評価対象とした (後肢懸垂群のみ該当有)。海馬蛋白質の発現変化に関す る解析は,後肢懸垂群とケージ飼育群の海馬総蛋白質な らびに海馬リン酸化蛋白質の2 次元電気泳動スポットパ ターンを比較し,変化の見られたスポットの質量分析を 行った。
 【結果】 ケージ飼育群では,迷路水槽テストの試行回 数の増加に伴い遊泳距離が減少し,4 試行目と1 試行目な らびに2 試行目の間には有意な差が見られた。しかしな がら,後肢懸垂群では試行回数の増加に伴う遊泳距離の 有意な変化は見られなかった。また,全試行回において ケージ飼育群のほうが後肢懸垂群より遊泳距離が短い傾 向が見られ,4 試行目ではケージ飼育群の遊泳距離が有意 に短かった。これらの結果から,後肢懸垂群の記憶学習 能力はケージ飼育群より劣ることが示唆された。また, 後肢懸垂ラットの海馬では,軸索ガイダンス・神経活動・ 細胞死・細胞骨格などに関連するタンパク質の発現量や 修飾が変化していた。
 【結論】 後肢懸垂を施された発育期ラットでは,ケー ジ飼育ラットと比較して記憶学習能力が劣っており海馬 蛋白質の発現パターンや修飾パターンも変化した。これ らの結果から,発育期の宇宙空間での生活では,海馬蛋 白質の発現や修飾のパターン変化を通じて記憶学習能力 の低下が引き起こされる可能性が示唆された。
 【謝辞】 本研究は,日本学術振興会・科学研究費補助 金基盤研究(S)「脳機能低下防止策としての筋活動の促進」 (19100009)ならびに文部科学省・科学研究費補助金若手 研究(B)(21700655)「筋活動による脳機能の維持・亢進 に関与する脳タンパク質の網羅的解析」の助成を受けた ものである。