宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 97, 2009

一般演題

25. 長期宇宙滞在宇宙飛行士の毛髪分析による医学生物学的影響に関する研究(Hair)

寺田 昌弘,田山 一郎,石田 暁,須藤 正道,大島 博,向井 千秋

独立行政法人宇宙航空研究開発機構 宇宙医学生物学研究室

Biomedical Analyses of Human Hair Exposed to Long-Term Space Flight(Hair)

Masahiro Terada, Ichiro Tayama, Satoru Ishida, Masamichi Sudoh, Hiroshi Ohshima, Chiaki Mukai

Space Biomedical Research Office, Japan Aerospace Exploration Agency

 本格的な日本実験棟きぼう(JEM)利用の開始とともに, 日本人宇宙飛行士の長期滞在がいよいよ実現する。これ までの短期シャトルミッションとは異なり,日本人宇宙 飛行士の国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在はJAXA の有人宇宙開発では経験のないことであり,その医学的 データの取得は非常に重要な課題である。特に,長期宇 宙滞在による生体への経時的な影響を観察・分析するこ とは,有人宇宙活動の医学管理において非常に重要な知 見を与えるものである。本研究では,ISS に長期滞在する 宇宙飛行士から毛髪を採取し,基礎生物医学的観点から, 長期宇宙滞在の影響を解析・考察して,今後の有人宇宙 活動の基礎的な医学データを取得するものである。毛髪 はサンプリングが容易であるばかりでなく,採取した試 料の保存に関しても凍結による保存のみで特別な配慮が 必要ない。また,2010 年,NASA スペースシャトルの運 用終了に伴い,重量,体積のある実験機器および実験試 料は今後その取扱がより困難になるが,毛髪採取キット は小さく軽量であり,軌道上実験に適している。本分析 においては,毛根部と毛幹部を分けて分析する計画でい る。試料採取は,飛行前に2 回,飛行中2 回,飛行後2 回, 計6 回毛髪をピンセットで採取する。採取は各時期にお いて5 本ずつとし,それぞれの長期滞在ミッションにつ き2 人のISS 宇宙飛行士を対象とする。毛根部においては, 老化と深く関係する抗酸化作用に対する微小重力影響を 評価するためDNA マイクロアレイを用いて長期宇宙滞在 により変動する遺伝子発現を経時的に分析する。また, 活性酸素に関連の深いミトコンドリアDNA への影響を評 価する。更に,毛根はストレスなどの様々な外部要因に 敏感に応答する。そこで,ストレス応答関連タンパク質 やタンパク質合成に関与する遺伝子群の発現変動をDNA マイクロアレイおよびリアルタイムPCR などの発現解析 によって調べる。毛幹部は体内でのミネラル代謝の状況 が反映されるため,ある特定時期の代謝の状況が記録さ れる。そこで,毛幹部について放射光蛍光X 線解析ある いはプラズマ質量分析等を行い,毛幹部に含まれる微量 元素を測定することによって,宇宙での長期滞在が体内 のミネラル代謝にどのような影響を与えるかを調べる。 ヒトの毛髪に着目した宇宙での基礎生物医学的研究は行 われておらず先進的である。遺伝子発現変化および微量 含有元素濃度変化を指標にした毛髪分析の結果は,ISS 長 期滞在宇宙飛行士の医学管理技術への応用につながると 考えられる。