宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 90, 2009
一般演題
18. 中心循環の血液量減少が脳循環調節機能に及ぼす影響
小川 洋二郎，青木 健，大屋 直子，曷川 元，岩﨑 賢一
日本大学医学部社会医学系衛生学分野
The effect of central hypovolemia on cerebral autoregulation
Yojiro Ogawa, Ken Aoki, Naoko Oya, Hajime Katsukawa, Ken-ichi Iwasaki
Division of Hygiene, Department of Social Medicine, Nihon University School of Medicine
2 週間の宇宙飛行により中心循環の血液量が減少することが知られている。その際，血漿量減少が主な場合と，血球成分の減少を伴う場合がある。また一方，Neurolab-Mission において， 2 週間の宇宙飛行中および帰還直後，脳循環自動調節能は増強されることが報告され，現在，その機序解明が新たな課題となっている。そこで本研究では，慢性適応による要因は考慮せずに，中心循環の血液量減少と脳循環自動調節能の関係のみを明らかにする目的で，三つの異なる負荷: 利尿薬投与，下半身陰圧負荷，ヘッドアップティルトを用いて，急性に中心循環の血液量を宇宙飛行後と同程度に減少させた際の脳循環自動調節能を評価した。三つの異なる負荷の特徴は，共通点として「中心循環の血液量減少」を認めるが，相違点として利尿薬投与では「血液濃縮」が，下半身陰圧負荷では「体性神経入力」が，ヘッドアップティルトでは「体性神経入力」「前庭神経入力」「静水圧勾配の変化」などが生じることが挙げられる。これらの共通点および相違点から脳循環自動調節能の変化との関係を比較・検討した。
健康成人男性12 名を対象とし，中心循環の血液量変化の指標として，中心静脈カテーテルによる中心静脈圧の変化を測定した。実験プロトコールは，まず初めに，先行研究に従い2 週間の宇宙飛行相当（循環血漿量減少変化: 約10%）の中心循環の血液量減少を導く量の利尿薬（フロセミド0.4 mg/kg）を投与し，データ測定を行った。次に，利尿薬投与から最低一週間の間隔を設け，下半身陰圧負荷およびヘッドアップティルトのデータ測定を行った。その際，利尿薬投与による中心静脈圧の低下度とほぼ同等となるように陰圧の強度およびティルトの角度を微調整した。脳循環自動調節能の評価は，平均血圧と脳血流速度の自発変動に，周波数解析および伝達関数解析を施し，伝達の程度（Gain）を求めた。Gain は血圧変動が脳血流変動にどの程度伝わっているかということを意味し，その値が小さくなった場合，自動調節能は増強されたと解釈できる。
3 つの異なる負荷により中心静脈圧を同程度（3～4 mmHg）低下させた結果，平均血圧は利尿薬投与のみ上昇したが，脳血流速度は三負荷ともに変化しなかった。一方，脳血流自動調節の評価指標であるGain は，利尿薬投与のみ有意に低下し，下半身陰圧負荷およびヘッドアップティルトとの比較においてもその変化は有意だった。つまり，利尿薬投与のみ脳循環自動調節能の増強が認められた。
利尿薬投与と下半身陰圧負荷およびヘッドアップティルトとの共通点と相違点の観点から三負荷の脳循環自動調節機能への影響の違いを検討すると，利尿薬投与のみで脳血流自動調節の増強を導いた機序として，血液濃縮およびそれに伴う血液粘性の増加などが考えられた。逆にこの程度の中心循環の血液量減少だけでは，脳循環自動調節機能には明らかな影響は及ぼさないと考えられた。
本研究結果を受けて，現在，「血液濃縮」が脳循環自動調節能の増強に関与していることをより確実に証明し，他の要因（ホルモン系）の関与を否定する目的で，利尿薬投与による脱水後に，急速な輸液負荷を行い，血液濃縮を即座に回復させることで，脱水時に見られた脳循環自動調節能の変化が元の値へと戻るかどうかの検討を行っている。
本研究は，財団法人日本宇宙フォーラム「第9 回選定宇宙環境利用に関する公募地上研究」の補助金で行われた。