宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 87, 2009

一般演題

15. 卵形嚢耳石摘出魚の傾斜刺激に対する順応性

岩田 香織1, 2,高林 彰2

1諏訪マタニティークリニック附属清水宇宙生理学研究所
2藤田保健衛生大学衛生学部

Adaptation of vertical eye movements for body tilting in labyrinthectomized flatfish

Kaori Iwata1, 2, Akira Takabayashi2

1Shimizu Institute of Space Physiology Suwa Maternity Clinic
2School of Health Sciences, Fujita Health University

 宇宙の微小重力環境では,耳石器への入力が消失することにより種々の機能的変調が生じる。重力入力の消失によって傾斜刺激が意味をなさないが直線加速度刺激は有効な刺激として働き,地上とは異なった感覚を生じ,これが姿勢調節や眼球運動の変調を誘発する可能性が示唆されている。地上で片側耳石を摘出すると種々の変調が生じるが,前庭代償により回復する。我々は,宇宙順応と前庭代償の関係に興味をもっている。ヒラメやカレイでは,ふ化後眼球が片側へ移動を始め,40 日間後の成魚では前庭系と視覚系が通常の魚に比べて90 度偏倚した状態で1 G 環境での前庭系と視覚系の順応が行われていることになる。そのため,ヒラメやカレイが微小重力環境に暴露されると,かなりの感覚混乱の生じることが予想される。これまでに金魚の片側耳石摘出後の傾斜刺激に対する眼球運動の解析を行った。これによると代償過程には,2 通りの回復過程があること,傾斜刺激方向によって眼球運動の大きさに有意な差が生じることが示された。今回は,金魚と同様の実験をヒラメにも行い比較することで耳石が90 度偏倚していることの特徴を検討した。
 実験動物としてヒラメを用いた。実験は,正常,左側卵形脳耳石摘出30 分,1 日,2 日,3 日,7 日,14 日,30日後の8 通り行った。耳石摘出は,麻酔と酸素供給のためMS222 の4 万倍希釈した水を口から循環しながら金魚を固定し,金魚の頭骨にあけた小孔からピンセットを刺入,卵形嚢耳石を摘み上げ摘出した。この際,三半規管も破壊され。そのあと傷口を消毒後,骨蝋で塞ぎ水の浸入を防いだ。麻酔から手術終了までの時間は約15 分であった。ヒラメが実験中暴れないように,ヒラメの口に管を銜えさせてヒラメを上下から挟み込んだ。ヒラメの頭上にはLED を固定し,刺激が加えられると点滅する仕組みとし,ビデオ画像上に刺激のタイミングを映し込んだ。ヒラメの垂直眼球運動を記録するため,前方にビデオカメラを取り付け,LED が眼球運動と同時に記録できるカメラアングルとした。ヒラメの傾斜刺激方向は,右傾斜と左傾斜の2 種類を区別して3 回連続で加えた。傾斜角度は,30,60,90,120,180 度の5 通り行った。ビデオカメラで記録した画像をコンピュータにより垂直眼球運動解析を行った。解析方法は,最初に基準となる直線を決めて,眼球角度にあわせた2 点を結ぶ直線との角度を求めた。反時計方向の回転を+,時計方向の回転を−と表記した。傾斜刺激パターンの各刺激直前の基準時の眼球運動角度と傾斜後の垂直眼球運動角度の差を求め垂直眼球運動の振幅とした。
 正常なヒラメでは,左右方向への90 度以内の傾斜に対してほぼ対称な垂直眼球運動を示す。90 度以上の左傾斜に対しては,90 度以下の場合と同様な眼球運動を示すが,右傾斜の角度が120 度を越えると眼球運動の方向が反転する。これはヒラメ特有の反応であり,ヒラメを左傾斜させた時は前庭系が通常の魚の位置になる方向である。左側卵形嚢耳石器官を摘出直後では,傾斜刺激に対する反応が減少し,正常時に観察された90 度以上の左右傾斜に対する特徴が消失した。この特徴は1 ヶ月経過後も回復することはなかった。回復過程は金魚に比べて遅く,回復の程度も正常時の40〜60% であった。卵形嚢耳石器官は垂直眼球運動に関して重要な働きをしていると考えられるが,球形嚢やラゲナも関与することが示唆された。