宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 86, 2009

一般演題

14. 前庭系を介する過重力酔いと脳脊髄液内セロトニンの関係

安部 力,田中 邦彦,岩田 ちひろ,森田 啓之

岐阜大学大学院医学系研究科生理学分野

The relationship between hypergravity-induced motion sickness and serotonin

Chikara Abe, Kunihiko Tanaka, Chihiro Iwata, Hironobu Morita

Department of Physiology, Gifu University Graduate School of Medicine

 ラットを過重力環境下で飼育すると摂食量の低下が見られ,その結果体重の減少が見られる。この摂食量低下の原因はいまだ分かっていないが,過重力環境下では前庭系を介して酔いを発症することから,酔いによって摂食量低下が起こっている可能性が考えられる。そこで今回我々は,前庭系が正常なラット(Sham)と前庭系を破壊したラット(VL)を14 日間過重力環境下で飼育し,その期間中の摂食量,飲水量,体重,立ち上がり回数を調べた。さらに酔いの指標として,脳脊髄液中のセロトニン濃度の変化,前庭神経核,最後野,孤束核,室傍核,扁桃体のFos タンパクの発現を調べた。Sham ラットの摂食量は,過重力曝露2 日目まで完全に消失し,その後徐々に増加したが7 日目まで前値に比べ有意な低下が見られた。体重は過重力曝露5 日目まで低下し,その後徐々に増加したが14 日目でも前値に戻らなかった。一方,VL ラットの摂食量は過重力曝露1 日目だけ減少したがその後増加し,4 日目で前値と有意な差が見られなくなった。体重は過重力曝露1 日目だけ低下し,その後徐々に増加した。脳脊髄液中のセロトニン濃度は,Sham ラットでは過重力曝露7 日目まで有意な増加が見られたのに対し,VL ラットでは曝露中有意な増加は見られなかった。また,VL ラットのFos タンパク発現はSham ラットに比べ,すべての部位で有意に抑えられていた。さらに,Sham ラットにインフュージョンポンプを埋入し,セロトニンの5-HT2A レセプターアンタゴニストであるケタンセリンを過重力曝露中慢性的に投与すると,摂食量,飲水量,体重の減少が有意に抑えられた。これらの結果から,過重力環境下飼育中のラットでは前庭系を介する過重力酔いによって摂食量,飲水量,体重の減少が引き起こされ,これらの減少には脳脊髄液中のセロトニンが関与していることが示唆された。