宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 79, 2009

一般演題

7. 過重力負荷による生体内ビタミンD 代謝の変化

石澤 通康1,岩崎 賢一2

1日本大学医学部 生化学分野
2日本大学医学部 衛生学分野

Hypergravity changes the vitamin D metabolism in vivo

Michiyasu Ishizawa1, Ken-ichi Iwasaki2

1Div. of Biochem., Dep. of Biomed. Sci., Nihon Univ. School of Med.
2Div. of Hyg., Dep. of Soci., Med. Nihon Univ. School of Med.

 <背景・目的> 微小重力環境では,宇宙飛行士の骨カルシウム代謝に異常が生じる。また進化の過程では陸上進出の際,重力負荷と紫外線曝露が同時期に起こったと考えられる。紫外線照射によって,陸上生物の生体内ではビタミンD が合成される。ビタミンD は,一日の必要量を15 分程度の日照時間で補えるほどに紫外線依存性の強いビタミンである。生体内のカルシウム恒常性にはビタミンD-ビタミンD 受容体(VDR)カスケードによる遺伝子発現調節系が深く関与する。そこで,重力とビタミンD シグナル系の機能連関を想定し,雄ICR マウスに2 日間又は14 日間の遠心過重力(2 G)負荷を行い,ビタミンD シグナル系関連遺伝子のmRNA 発現解析を行った。
 <結果> 2 日間2 G 負荷群では,腎臓におけるビタミンD 不活化酵素CYP24A1 の発現が増加し,ビタミンD活性化酵素CYP27B1 の発現は低下した。小腸でも同様にCYP24A1 の発現が増加し,さらにビタミンD 投与による発現誘導の亢進も認められた。一方,14 日間2 G 負荷群ではこれらの遺伝子の発現変化は認められなかった。遺伝子研究に広く用いられるC57BL/6J マウスにおいても,短期間の2 G 負荷によって腎臓でのCYP24A1 発現は増加した。C57BL/6J を遺伝子背景にもつVDR 欠損マウスに対して短期間2 G 負荷を行ったところ,腎臓ではCYP24A1は検出されず,CYP27B1 の発現はVDR 非依存的に若干低下した。ビタミンD 代謝関連酵素の遺伝子発現に変化を見出したため,ICR マウスを用い,2 日間2 G 負荷群における活性型ビタミンD3前駆体(25 -hydroxyvitaminD3) 及び活性型ビタミンD3(1,25-dihydroxyvitamin D3)の血漿中濃度をラジオイムノアッセイ法にて検討した。その結果,活性型ビタミンD3前駆体濃度に1 G コントロール群と2 G 負荷群の間で有意な差は認められず,活性型ビタミンD3は,1 G コントロール群と比較し2 G 負荷群にて有意に減少した。
 <考察・結論> 本研究にて,過重力負荷がビタミンD 代謝に影響を与えることが示された。さらに,腸管でのリガンド応答性が,重力変化の影響を受けることも示唆された。我々は,進化の過程で,生物が陸上進出した際にビタミンD 応答能を獲得したと考えている。本研究でみられた血漿中の活性型ビタミンD3 濃度低下は,過重力負荷によってビタミンD 応答性が上昇し,一定のビタミンD-VDR シグナル活性を維持するため起こった重力適応現象を示唆している。本研究結果は,重力の薬剤代謝への影響を推察し,宇宙飛行士の健康管理面に役立てる上で有用と考えられる。
 本研究は,日本大学医学部生化学分野の槇島誠先生,東京大学分子生物学研究所の加藤茂明先生並びに両研究室スタッフの方々に協力頂き,財団法人日本宇宙フォーラム宇宙利用先駆研究「第9 回選定 宇宙環境利用に関する公募地上研究」及び文部科学省科学研究費補助金(特定領域研究「細胞感覚」)の助成により実施した。