宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 77, 2009

一般演題

5. 国際航空路線における宇宙線中性子被ばく線量の検証

保田 浩志,矢島 千秋

独立行政法人放射線医学総合研究所・放射線防護研究センター

Verification of Cosmic-ray Neutron Doses on International Flights

Hiroshi Yasuda, Kazuaki Yajima

Research Center for Radiation Protection, National Institute of Radiological Sciences

 1. 背景  本邦航空会社(日本航空インターナショナル株式会社,全日本空輸株式会社ならびに日本貨物航空株式会社)では,平成18 年4 月に文部科学省放射線審議会により策定された「航空機乗務員の宇宙線被ばく管理に関するガイドライン」に従い,平成19 年度より航空機乗務員の宇宙線被ばく線量評価が開始された。ガイドラインには,線量評価は計算による方法で行えるとし,必要に応じて計算精度を評価する目的で実測を行い,計算による評価精度の維持に留意することとされている。この指針への対応を図るため,放医研では,本邦航空会社の協力の下,航空機高度の被ばく線量に最も寄与しながら不確かさの大きい中性子の線量を対象とした実測を行い,モデル計算による評価値と比較した。
 2. 測定方法  宇宙線中性子の測定には,安全性や携行性等を十分に吟味した末,エネルギー特性の異なる2つの減速材付線量当量モニタ: 富士電機システムズ社製中性子サーベイメータNCN1 及び米国Ludlum Measurements社製広域エネルギー対応レムカウンタWENDI-II を使用した。各モニタには任意の時間間隔でデータを自動取得できる専用のデータロガーを接続し,測定終了後データロガーに記録されたデータをダウンロードした。装置の校正は財団法人放射線計測協会において241Am-Be の標準中性子源を用いて行った。航空機内での実測は,2009年2 月から3 月にかけて,飛行する経路が大きく異なる日本発の4 つの国際便: 関西〜シンガポール,成田〜ワシントンDC,成田〜シドニー及び成田〜ロンドンで実施した。得られた結果を,現在本邦航空会社乗務員の被ばく管理に使用されているプログラム: JISCARD EX による推定値と比較した。
 3. 結果と考察  宇宙線中性子の広いエネルギー範囲に対応できるWENDI-II による実測値は,JISCARD EX による計算結果とほぼ一致し,現在放医研が支援している航路線量計算の正確さを裏付けるものとなった。成田からワシントンDC への便では実測値が計算値を下回ったが,この原因は,同便のみ両モニタを客室の座席上ではなく機材保管用のコンテナ内に置いたことに因ると考えられる。
 モニタ間の比較では,NCN1 の指示値はWENDI-II の半分程度の値を示した。これは,上空においては,中性子の線量の半分近くが15 MeV 以上の高エネルギー成分によることを意味している。一方,モデル計算と応答関数から推定した両モニタの応答では,NCN1 はWENDI-II の7割程度の値になると予測され,実測結果と相当の差異が認められた。この結果は,現在航路線量の計算に用いているモデルでは,高エネルギー中性子の相対的な寄与が過小評価されていることを示唆している。実効線量への影響は限定的であるが,より正確な線量評価を実現するため,航路線量計算プログラムのさらなる改良に取り組む。
 謝辞  高橋淑夫様ほか(株)日本航空インターナショナルの皆様,岡田雅彰様ほか全日本空輸(株)の皆様,柳井真様ほか日本貨物航空(株)の皆様,そして定期航空協会の関係者の皆様に,この場をお借りして厚く御礼申し上げます。