宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 4, 75, 2009

一般演題

3. 鎮静性抗ヒスタミン薬による鎮静作用に関連したパフォーマンス低下に関する研究

田代 学

東北大・サイクロトロン・RI センター サイクロトロン核医学研究部

Studies on impaired performance induced by sedative antihistamine drugs

Manabu Tashiro

Division of Cyclotron Nuclear Medicine, Cyclotron and Radioisotope Center, Tohoku University

 ヒトの判断力や対応能力は環境要因の影響により変化しうるが,交通機関や大型機械の運転を業務として執り行う者は誤操作により人命を危険にさらす可能性がある。アルコール以外の薬剤が自動車運転パフォーマンスに影響を与えることは意外に認識されていないが,そのような薬剤の代表格にヒスタミンH1 受容体拮抗薬(抗ヒスタミン薬)があげられる。抗ヒスタミン薬は,花粉症などのアレルギー症状を緩和する目的で広く使用され,総合感冒薬にも多量に含まれているが,副作用として「鎮静作用」と呼ばれる脳機能抑制症状を発現させることがあ る。このような副作用が発生するメカニズムは,抗ヒスタミン薬が脳内へ移行した後にヒスタミンH1 受容体を占拠してしまうためだと考えられている。本人が眠気をほとんど感じていないのに脳機能低下によるパフォーマンスが低下していることもあり,インペアード・パフォーマンス,気づきにくい能力ダウンなどと呼ばれている。このような傾向はover the counter drug(OTC 薬: 店頭販売薬)として容易に入手できる鎮静性抗ヒスタミン薬でもっとも強く,処方薬である軽度鎮静性・非鎮静性抗ヒスタミン薬では弱いことも問題を大きくしている。  我々はこれまで,抗ヒスタミン薬に誘発された認知判断能力低下について多面的に研究を行ってきた。実験室におけるコンピューター認知試験プログラムによる評価では,鎮静性抗ヒスタミン薬服用後に「主観的眠気はほとんどない」と回答したにもかかわらず試験成績が著しく悪い被験者がいたことが注目された。実車による野外運転試験では,そのような被験者がいなかったが,比較的強い眠気を訴えると同時に反応が遅延している被験者は散見された。自動車運転シミュレーション・ソフトウェアを用いた試験では,同時にポジトロン放出断層法(PET) を用いて脳血流も測定した。被験者の主観的眠気ではプラセボと鎮静性抗ヒスタミン薬服用条件間で有意差がなかったにもかかわらず運転パフォーマンスは有意に低下していることが示された。さらに,被験者の後頭葉視覚野および頭頂葉の賦活が抑制されており,視空間認知機能の障害がパフォーマンス低下と関連づけられた。 これらの結果を総合的に検討した結果,鎮静性抗ヒスタミン薬が脳に移行することにより,その脳移行性の強さに相関して覚醒維持機能および脳高次機能が強く抑制されることが確認された。今後,社会安全保障の一環としての取り扱いを検討する必要性があるとともに,認知判断力低下を客観的に検出する簡便な手法の開発が重要と考えられた。