宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 3, 61-66, 2009

解説記事

航空宇宙開発の展望

菊地 宏和

菊地クリニック

Next Door of Aerospace Techno-Development

Hirokazu Kikuchi

Kikuchi Clinic
(Received : 31 August, 2009 Accepted : 5 June, 2010)

1 はじめに
 21世紀に入り宇宙開発も研究段階より実用化へと歩みを進め,国際宇宙ステーション(ISS)も当初予定はほぼ完成となるも,今後の問題が山積みで大きな暗礁に乗り上げ兼ねない心配も出てきている。予定より遅れたものの,日本の宇宙実験棟「きぼう」の建設は完成した。「きぼう」の建設費は5,500億円,年間運用費は400億円,総費用が1兆円は下らぬ巨費が投じられているが,米国NASAの動向も気になるところである。
 ISSはサッカー場程度の大きさで「きぼう」日本実験棟は最新鋭で最大の施設であり,大型観光バス程度の容積があり,米国の実験棟2個,ロシアと欧州共同体(ESA)の実験棟が各1個,日本を加えて合計5個の実験モジュールが基幹部に連結している。
 しかし大きな問題はNASAの計画ではISSの運用は6年後の2015年までとし,その後は火星の探査に重点を移すことになっているが,米国の経済状態がそれを許すか否かである。加えてISSへの足となるスペースシャトルは老朽化して2010年内には引退が予定されており,その後はロシアのソユーズ宇宙船と日本が打ち上げる無人補給機HTVのみとなってしまう。2010年2月に,オバマ大統領は,ブッシュ前政権が打ち出した月有人探査計画(コンステレーション計画)の打ち切りを発表したが,4月15日には,NASAケネディ宇宙センターでの演説で,2030年代半ばまでに火星軌道への到着を目指す新たな有人宇宙探査計画を発表した。
 米国は軍事大国であり,NASAの年間予算中60%が軍事目的転用可能事項に用いられていると噂されている。しかし,米国が軍事開発を増大しない限り,多少制限が加えられても宇宙開発は粛々と進行されるものと憶測する。
 この結論がどうなろうとも日本の有人宇宙開発は世界の動向の流れをみて進めるべきで,この機会に日本の将来に役立つ宇宙開発を見極めて宇宙における大型国際協力に努力し,次世紀の人類平和のために貢献すべきである。アポロ11号の月面着陸から40年経ったが,当時は人工衛星すら有していなかった我が国もここまで追いついてきたことを踏まえて,世界的大不況の中,日本の宇宙開発の目標を正しく定め,大きな国家戦略の絵の中で考えるべきである。私の属した「宇宙開発委員会」も今や「宇宙開発戦略会議」と改名している。

スペースコロニー
 オバマ大統領の「月を止めて,火星を目指す」という演説に伴って,NASAが宇宙開発を今後どのように進展して行くのかは定かでないが,今世紀中には世界の宇宙開発も大きく変化することが推定できる。正確にはNASAが2010年に実行計画を確定するので,それが発表されればISS後の展望がはっきりする。しかしながら,今の段階がPart I,その後がPart IIといった型でISSが大型化され,現在のスペースシャトルの寿命も2010年頃までといわれている。そのため,2015-2020年頃にはポスト・スペースシャトル計画が発表され,宇宙輸送機の様式が決まる筈で,当面これもポスト・スペースシャトルPart IIという形で大型化とロケット・ブースター(燃料タンク)の再利用型が実現されると考えられる。宇宙ステーションの居住人員も現在の7-8名から3倍の25名前後と予想され,時代と共に大型化と人員増加の歩みを続け,居住人員50-80名の宇宙基地となり,やがて月面宇宙基地,火星探査へと今世紀末までには発展して行くと思われる。
 その頃になると人工重力装置も附加されると考えられるが,現在ではその方式手段すら決まっていない。しかし「人工重力」は人類が宇宙進出を考えた当初より研究されており,宇宙の無重力空間に浮かぶ夢のコロニーでは大きなドーナツ状や円柱状の建造物を回転させて,人工重力を造り出すことが想定される。遠心力を利用した人口重力装置の大きさは,“回転の半径”と“回転角速度の自乗”に比例し,回転の半径が大きくなると装置が難しく開発費も増大するので,回転半径180 m,回転数2.0 rpm,0.9 Gが人口重力として最適と考えられる。20年前クラフト・エーリケ博士により提案された「衛星軌道観光施設」や「スペースコロニー」の構想に取り入れられて今世紀末には実現すると考えられている。
 スペースコロニー(巨大な宇宙都市)の建設も100年後の22世紀初頭には始まろう。地球人口は50年後に現在の2倍(100億人),100年後には7倍位になるだろうと見込まれ,「人口爆発」と称されている。現在の2倍である人口100億人でも地球生活容量を超えると問題視されているのに,人口300億人ではお手上げ状態である。人類が繁栄し発展を続けるには地球は狭く,天体移住が必要で,宇宙ステーション⇒宇宙工場⇒月面基地⇒火星基地⇒スペースコロニーへと,人類の活動は進むと想像されている。
 宇宙都市は地球と月と太陽の重力の関係で安定しているラグランジェ点に建設されるであろう。ラグランジェ点とは,地球と月の互いの引力が釣り合っている点である。点といっても広い空間で多くのコロニーが建設できる場所である。コロニーの設立には,月面工場で造られた建設資材を,リニアモーターを使ったマストドライバーといわれる輸送システムを使用し,月の物質を精錬して鉄,アルミニウム,チタンやガラス等,スペースコロニーを建設する全ての資材が得られることであろう。空気がないので地球から輸送するより遥かに安価であろう。酸素は,月の岩石に酸化物や化合物として含まれ,金属を精製する時に得られる。水素,窒素,炭素は小惑星や火星から運び,水や空気を造り,地球上と同じ環境が得られることも可能であろう。もちろん,植物もコロニー内で育て,地球と同様の環境が地球から掛け離れた宇宙空間に出現する訳である。
 重力はコロニーを回転することによって得られ,人工的とはいえ別の世界が出現し,一万人の人々が生活する「第二の地球」が誕生しよう。やがて,小惑星を利用した一千万から一億人以上の人間が生活する大規模なコロニーも数多く建設され,多くの人々が地球から移住するばかりでなく,コロニー内で子孫も増え,宇宙人としての人間が生活する時代も目前にあると想像する。

宇宙ステーション
 日本がISS計画に参加し,ソ連が担当予定であった2棟の実験施設(モジュール)中,1棟を肩代わりし,参加することを決定したのは30年前のことである。この件に関しては,私が東京大学医学部医用電子研の大島正光教授(日本の航空宇宙医学の第一人者)の推薦・命令の下で,宇宙開発委員会のメンバーとして年数回以上渡米しNASAと交渉した思い出があるが,それは別の機会に「思い出話」をすることにする。
 現在のISSは,高度450 km,軌道傾斜角51.6度の地球周回軌道上に建設されている恒久的で多目的な有人宇宙ステーションで,長さ110 m,幅75 m,総重量415トンで常時7人が滞在できる。45回のスペースシャトル飛行で建設資材を運搬し,2007年完成予定であったが,遅れながらもほぼ完成した。レーガン大統領がNASA宇宙ステーションを「フリーダム」と命名したが,主な参加国は米国,日本,ソ連,ESAであり,カナダは一部参加,中国,北欧諸国は不参加である。
 次世代のスペースシャトルは航空機並みの運用を目指し,完全な再利用型で,運用コストも従来の使い捨て型ロケットよりも遥かに安価であるに違いない。スタート時は12人の科学者や宇宙飛行士が長期滞在し,10年以上宇宙の研究室としての役割を果たすことを目的としていた。スペースシャトルや宇宙ステーションは,人間が宇宙で活動し,宇宙実験室で大量の薬を製造し,宇宙で大型建造物を組み立て,無人の使い捨て型ロケットではできない輝かしい功績を残している。しかし完全航空機型スペースプレーンはエンジンの開発に時間がかかり,2020年以降の実用化となる見通しである。それまでは宇宙機をジャンボジェット機の背上に乗せ,一定高度までジャンボジェットで運び,高高度よりスペースプレーン型宇宙ロケット機を飛ばすものである。エアバス380(800人乗)旅客機も2010年より運行開始しており,今後1,000人乗りの大型機が出現すれば実現可能である。
 現在のISSは,地球・天体観測と材料・生物実験に限定されている。しかしながら,21世紀に展開される多様な宇宙開発を支援するには宇宙基地として拡張されることが必要であり,各種の無人探査機の打ち上げ支援,月面基地の建設前進基地,有人火星探査の地球側の前進基地としてISSが拡張されるのは必然である。地球の周回軌道で運用している衛星,静止衛星軌道上の大型プラットフォームや太陽発電所のメンテナンスや燃料補給もここを基地とし,当然,軌道間輸送機が離発着し,いずれは衛星も基地で整備修理し機能の確認を行い目的地に運び返される時代も到来するであろう。このような役割を果たすのには,色々な設備や施設も追加してISSを拡張するとともに多目的化する必要が出てくる。現在の軌道傾斜角(51.6度)になった理由は,ロシアの参加によりバイコヌールからの打ち上げに対応するためである。これにより地上基地よりISSにアクセスするチャンスは1日1回となり,帰還時も同様である。加えて,月や惑星に飛行するにもエネルギー的に不利となるので,本格的宇宙ステーションは赤道上に建設するのが最も効果的となる。この位置であれば地球からの飛行も帰還も1日16回可能である。ISSが老朽化する前に,本格的な新宇宙ステーション設置が必要である。新宇宙ステーションは,次世代時期に建設することが予定されている。
 微小重力環境は地球では得られない特殊な環境であり,しかも宇宙空間は微小重力場,高真空,無限の熱放射,豊富な太陽エネルギーといった地球上では決して得られない特殊で貴重な環境である。人類にとって有効な資源の宝庫と考えられる。例えば微小重力場だけをみても,重力,対流,静水圧等の影響を受けず,この環境は地上では得ることができないので,将来,宇宙新産業分野を創出できるものとして注目を集めている。比重の異なる物質の均一混合ができ,合金で(地上では得られない)高強度複合材が創り出せ,自重変形によって生じる欠陥を含まない完全性の高い結晶構造が得られる。浮遊状態で溶融,凝固が行えるので容器による不純物の混入がなく,高純度の物質を創れる。もちろん,人工レアメタルの生産も可能で,細胞や蛋白質等が高い純度で効率良く分離精製できることが今までの宇宙実験で証明されており,金属材料や薬品の製造ばかりでなく,微小重力場での現象を解明し,その結果を地上の製造の改良にも応用できると考える

月・惑星探査
 これまでの月・惑星探査は,太陽系の起源や進化を探るという科学的な目的が主であったが,今後は無限の資源とエネルギーを求めた月の開発や,地球周回軌道を越えた太陽系への人類の存在と活動領域の拡大等の新分野の開発まで広がっていくであろう。アポロ計画で持ち帰った月のサンプルの分析結果から,月には地球上にある金属,半導体の材料,岩石などに45%の酸素が含まれることから,この岩石精製中に得られる酸素は人間の生活用だけでなく,ロケットエンジンの推進剤としても利用できると考える。
 月の極域には,水,窒素,炭素が岩石中に,月面表土層にはヘリウム3が含まれていた。ヘリウム3は核融合燃料となり,将来の地球上や宇宙でのエネルギー源として活用できると期待されている。月面は地球重力の1/6で,風もないので地球上より大型建造物建設も容易であり,月を利用するための第一歩が月面基地の建設となる。基地の建設のためには,初期段階では宇宙ステーションで使われる与圧モジュール,月面移動車,発電装置,実験装置を地球から輸送し,食料,水,燃料等の宇宙基地で生活するための必要品は,全て地球より輸送することとなる。しかし,月面基地は徐々に拡大され岩石や土壌から金属,シリコン,コンクリート等を精製する実験も開始され,この時得られる酸素や水は地球や火星に行く時のロケットの推進剤や月面基地での生活用として活用されるだろう。段階的に実験的規模の農場から本格的施設も造られ,食物の自給生産への道を辿ることとなり,研究施設も整い,月の地質層内部の構造も解明され,やがて宇宙天文台も建設されることであろう。
 ここまで来ると,月が「第二の故郷」となる日も近く,多くの物が自給可能となり,月面の資材を利用して基地拡大をはかり,月と宇宙ステーションを往復する軌道間輸送機,火星に行く惑星輸送機等が発着する月面宇宙空港も出現し,月面都市の建設が始まる。基地では,月で製造したロケット推進剤の補給もするし,ホテルの建設,病院も設備される。月面都市では病院は病人・病気を治療するばかりでなく,低重力が人体に及ぼす影響等も研究され,大学の付属病院的役割を担うと予想される。エネルギーの面では原子力発電所も稼働し,月面工場に電力を供給する体制も整い,月面基地は月面の資材で拡張し,月面都市を発展させ,月で生産された製品が地球に向けて輸出される時代が到来しても不思議ではない。
 天文学にとって月は最高の観測場所である。いわゆる空気がないので,揺らぎのない鮮明な観測ができるであろう。月面は地球の重力の1/6と小さく,無風なので大型望遠鏡(直径2.5 m)が数々の功績を上げた事例から,大きな期待が寄せられている。月は公転周期と自転周期が同じ27.3日であるため,常に同じ月面を地球に向けている。地球上では色々な電波が飛び交い電波望遠鏡にとって妨げとなるが,月の裏側は常に地球に背を向け,宇宙観測のための電波障害もなく,地球の光の影響もなく,最高条件の月面天文台が出現可能である。

火星基地は第二の地球と成るか否か?
 火星には過去に大量の水があり,この水の一部が現在も地下に氷の状態で残されていると予測できる。火星の赤い土は,水を吸収すると酸素を発生するであろう。火星大気は炭酸ガスでできている。火星は太陽系の中で最も地球に似ており,人類が進出するのには適した星といわれている。火星への往復飛行が可能な時期は,地球と火星の軌道上の位置から2年に1度で,火星往復には現在の飛行速度技術で片道9ヶ月を要し,往復18ヶ月の日数になる。故に新型ロケットの開発が鍵となり,一歩でも光速に近いスピードが要求される。火星への有人飛行に必要な技術と医学的課題の解決は,今後ISSで解決されると期待される。数回の有人火星探査の第一拠点として拠点基地を建設し,一年間火星探査を拠点基地圏内で着々と行い,足固めを実行する。
 火星上にも居住場所や実験室を備えて,恒常的な火星基地の建設を順次押し進めるが,初期段階では食料や水を地球より輸送しなければならないだろう。徐々に宇宙ステーションや月面基地で開発した植物の栽培技術を用いて,火星環境に適した食物が栽培できるようになると予測する。火星においても岩石や土壌を精錬し,資材を造り,火星基地を拡張し,水は地下から酸素も炭酸ガスも豊富に得られ,大規模な農場等も建設され,やがて自給できるようになり,多くの人々が生活できるようになるだろう。火星基地でも,宇宙医学,火星地質,資源の利用法,食糧生産の研究も進展して,火星に適した生活様式が確立し,いつかは火星都市として発展し,「第二の地球」と成る日も来ると予想される。

歴史的動向
 22世紀,今から200年後のできごととして時代を比較してみると,例えば,逆に300年前の世界は徳川江戸幕府中頃である。徳川吉宗,例の「暴れん坊将軍」で御馴染みの年代であり,外国では200年昔といえばアメリカ建国時である。米国の独立とジョージ・ワシントン初代大統領の歴史的な時代である。これからの200年後もそう遠い時代ではない。未来200年と過去300年昔では年数が異なるが,時代テンポの速さを加味すれば,300年前の昔と現代社会以上の差があることは確かであり,想像を大きく越えた世の中に変貌することは間違いない。
 輸送手段の時間経過をみると紀元前より19世紀までは「馬」による手段であった。第一次世界大戦時には,戦場に戦車が登場した。第二次世界大戦では飛行機が出現し,プロペラ戦闘機から短時間にジェット戦闘機となった。現在では,航空機も自動車並みに日常生活で活用され,呼び名も「エアバス」となった。大量輸送時代ばかりでなく,ロケットによる宇宙開発も日常茶飯事となってきているのをみれば,宇宙都市も夢物語でないことは確かである。今後,今までに解説したことが現実となり,「地球を救う宇宙開発」の色合いが少しずつ濃くなると思われる。
 人類は種々の宇宙開発活動を展開し,将来,人類の活動領域を宇宙に展開させることも可能となり,人類の活動領域を宇宙に拡大することとなるが,現在地球上で深刻化している環境破壊,資源やエネルギー問題を解決する一つの道ではないかと考えられる。
 地球上で生まれ育ち進化してきた人類は,永遠に地球上に安住し続けられるか,やがて自ら創り出した地球温暖化環境によって滅び去るのかの分岐点は現在であると考える。人間は他の生物ができなかった科学技術力を育て,既に宇宙への展開の第一歩を踏み出しており,22世紀には大量に宇宙に進出し,生活の場を拡大する方向を選択したことも自然の摂理と考える。今後人類が英知を誤った方向に施行することなく,永久に人類繁栄のために“心ある発達”を遂げることを願っている。20世紀の各分野共通の“忘れ物”とは,人間が心を失って英知のみに頼ったことである。近代科学産業工場はその欠点に気付き,今世紀には英知を進展させるだけでなく,“温かい思いやる心”を取り戻すことを願う。

宇宙エレベーター
 2008年11月24日(月)の朝日新聞朝刊に,大きく宇宙エレベーターが現在思案・思考されている現状が紹介され,実現までにはあと半世紀程の見通しであることも告げられている。2009年11月には日本初の国際宇宙エレベーター会議が開催され,日英米の航空宇宙専門研究者が集まると共に,その前10月には日本機械学会が宇宙エレベーターをテーマにした学会を開き,次第に開発の加速度を速めていることも報じられた。「実現の鍵を握るのは日本」であり,その要因はナノチューブである。ナノチューブとは筒状の微細構造を持つ物質の総称である。ナノテクノロジーに由来する。ナノテクについては,以前「夢の医用工学・ナノテクノロジー1)の文面で詳しく説明している。同時に,ナノテクの命名者・谷口紀男教授及びフラーレン・ナノチューブの発見者・大沢映二教授の二人の偉大な日本人学者についてのエピソードも紹介した。カーボンナノチューブの最先端を行く日本が,この宇宙エレベーター実現の要素・鍵を握っていることは明白である。
 詳しく宇宙エレベーターを説明すると同時に,私の未来の航空宇宙像「空飛ぶ円盤」を熱く語ってみたい。宇宙空飛ぶ円盤は宇宙人の乗物ではなく,我々地球人の日常の乗物(飛行物体)となる日はそう遠くなかろう。孫や曾孫の時代である1世紀後,つまり22世紀には実現するであろう。今は,正にJust next doorである。
 宇宙エレベーターの旗振り役は,米ロス・アラモス国立研究所のブラッドリー・C・エドワーズ博士である。宇宙エレベーターは,赤道の上空36,000 kmにある静止衛星と繋ぐ長いケーブルロープを地上に垂らし,これを伝わって昇降機が上下し,地球と宇宙を行ったり来たりする乗物である。静止衛星から地球へ,反対に宇宙に向かうケーブルもあり,全長10万kmとなるワイヤーロープが宇宙静止衛星から地球に張り伸ばされ,エレベーター昇降機は新幹線と同じスピード(時速250 km)で飛行走行する。静止衛星までは7日間も要するノンビリした飛行物体である。しかしながら,燃料を積まず,ケーブルロープを頼りに昇る宇宙エレベーターは,安上がりで宇宙に行ける乗物手段として魅力のある名考案である。静止衛星まで昇るのに必要なエネルギー代を電気代に換算すると,100$,約一万円である。
 宇宙エレベーターの建設には15年の月日がかかり,総工費は約一兆円である。内訳は,地球からエネルギーを送るレーザー光照射器建設費1,500億円,静止軌道への打ち上げ費1,000億円,地上基地の建設費600億円,ケーブル作製費400億円とその他である。爆発する燃料は不要なので安全であり,使い捨て方式ではなく再利用でき,環境に優しく安価である。
 宇宙エレベーターのケーブルロープは長いため,自重に耐え得るためには,鋼鉄の180倍の強度が必要である。それ以下の強度では途中で切れてしまう.現在既に鋼鉄の400倍まで耐え得るカーボンナノチューブが出現し,大きく前進に向け歩み出している。このナノチューブ,カーボンナノチューブ,およびフラーレンナノチューブの開発では日本が世界の最先端にあり,トップバッターの位置を占めている。
 ケーブルロープが切断され,地上に落下することも考えられる。しかしながら,ケーブルロープは長さ1 km当たり7 kgの重量しかなく,空中でバラバラに切断され,丁度「空からふわふわと新聞紙が舞い降りてくる」くらいのことで大事故になるとは考え難い。しかし,落下する昇降機の乗員をどのように救出するかは大きな問題で,旅客機の墜落事故と共通の課題であり,今後の航空宇宙工学技術の重要課題である。
 日本宇宙エレベーター協会の大野修一会長は,「できるか?できないか?」の時代から「いつ,どの国が実行・生産するかの秒読みの世代に突入した」と断言している。私の考えでは,宇宙エレベーターはカーボンナノチューブのケーブルロープではなく,大きな円筒型チューブである。その構造は,ナノ,カーボン,それにフラーレンチューブを用いた地上より宇宙まで延びる大型ドーム円形パイプで,上方は宇宙に開放している。そのため,円筒内の空気(大気)は宇宙の真空に放出され,常に円筒内は地球表面より宇宙同様,真空状態になる。その円筒内にいる宇宙円盤型飛行物体は,発射時に円型底面に受けるレーザーの強力光学エネルギーで飛び上がり,(真空ゆえに)最初に受けた初速エネルギーは空気抵抗が無いので永遠に持続される。しかも,円盤底面は半円型御椀型なので,レーザーの強力光学エネルギー分子は放物線状に下方向に放出され,その反動で円盤は上方上空に舞い上がるのである。宇宙円盤は,既に小型実験機で成功しており,直径60 cmの円盤をレーザー光線で空中75 mの上空まで上昇飛行していることより,理論的にも実証され,残るは工業生産能力で工学的に可能段階であると考える。しかもこの大型ドーム円型パイプ型ならば,地上で宇宙円盤がパイプ底部に自動移動搬入運転され,潜水艦のハッチの如く飛行発射時にハッチを開き,直ちに真空中に放出されるので,空気抵抗がない。加えてレーザー光線力だけでなく,超々伝導力様式も加味すれば,ますます浮上し易くなると考えられる。この超々伝導力は鉄道研究所で研究開発が進行中で,「夢の超特急」に用いられると予測され,実験では完全に車体を浮かせて走行している。
 これまで飛行上昇方式を述べてきた。飛行降下方式はナノチューブ大型円型パイプでなく,スペースシャトル方式を用いる。宇宙から地球に帰還するには,引力と空気抵抗を利用する。スペースシャトルは航空宇宙工学的には飛行機ではなく,全くグライダーと同方式である。宇宙空間を飛行するための小型エンジンは有するものの,大気中を飛行する大型エンジンはなく,静止衛星・ISSより約半時間で地上に舞い降りてくるのである。しかし,引力と空気抵抗圧力を利用するといっても落下に等しく,舞い降りるのとは遠く掛け離れ,スペースシャトルの底部は6,000°Cの高熱を生じる。まるでフライパンの上に宇宙飛行士が乗っているようなものであり,これでは人間が生存できないので,耐熱パネル(蜂巣状)構造で熱を吸収し,安全を保持する。しかしながら,時々このパネルが帰還時脱落して肝を冷やす事態になる。しかもこのパネルは耐熱ボンドで接着し,張り付けているだけである。現代の科学・化学工業力には脱帽である。このパネルは近い将来,我々の日常生活の中で耐熱・保温用途に貢献すると考える。帰還の指令はコンピュータで気象条件,風速その他を予測し,Go-signを出すのであるが,不適切であればStand-byさせ,次のChanceを狙うこととなる。スペースシャトルはわずか16分で地球を一周するのでNo problemである。
 静止衛星の軌道は赤道上空にあるため台風の心配はないが,雷対策や宇宙を飛行するゴミ(宇宙デブリ)との衝突,宇宙からの放射線の防護,テロ防止策と乗り越えるべき難問は山積している。宇宙デブリに関しては「宇宙空間に生きる」2)で詳しく解説した。

将来
 一世紀後の地球を想像すると,成田や羽田空港に,宇宙円盤が着陸のため一直線に連なって5-6機が下降してくる姿が目に浮かぶ。現在,羽田空港では日々2,000機の大小旅客機が離着陸し,20万人の人々が空港を利用している。まるで新宿駅であるが,その頃の都市の風景は,超々高層ビルで200階建のビルも珍しくないであろう。今から100年後の姿は,羽田の風景が飛行機から宇宙円盤に置き換わり,人類は宇宙に進出して行くと私は考えている。
 現実,今の宇宙開発は費用が莫大にかかり,研究や軍事開発用以外には経済性が低く,日常の航空宇宙飛行運搬手段としては大きな欠点を多方面に抱えている。日本の宇宙航空研究開発機構のH2Aロケットは,僅か2.5トンの重さの物体を宇宙へ運ぶのに必要飛行燃料は100倍もの燃料重量を要し,しかも燃料タンクのブースターは使い捨てであり,爆発の危険性もある。そして打ち上げ時には想像を絶する爆音のため,発射基地には広大な土地の確保が必要である。ロケットの爆発音は大型ジャンボジェット旅客機の爆音の比ではなく,何倍もの大きな騒音である。しかし,近い将来,「静かな航空宇宙機」が出現すると断言しても誤りではない。

 本文を恩師,元東京大学・大島正光教授(平成22年5月1日・没。享年95歳)の御仏前に捧げる。

文 献

1) 菊地宏和:21世紀:夢の医用工学ナノテクノロジー,東京都医師会雑誌,60, 930-937, 2007.
2) 菊地宏和:宇宙空間に生きる,玉川医師会誌「玉医ニュース」,In submission.

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