宇宙航空環境医学 Vol. 46, No. 1, 5-12, 2009

総 説

国際宇宙ステーションと宇宙飛行士の健康管理

立花 正一

宇宙航空研究開発機構 有人宇宙技術部

International Space Station and Health Care of its Astronauts

Shoichi Tachibana

Human Space Technology & Astronauts Department, Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA)

ABSTRACT
 The first human space flight was accomplished by Russian astronaut Yurii Gagarin in April 1961. Now almost 50 years later, the largest human space project ever undertaken, the International Space Station (ISS) program is currently underway. This major science and technology project involves five space agencies, representing 15 countries. Japan started her full-dress participation after successful assembly of the main parts of the “Kibo” Japanese Experiment Module on the ISS in June 2008. Astronaut Koichi Wakata will start the first Japanese long-duration mission on ISS in February 2009. Muscle atrophy, bone loss, exposure to space radiation, and psychological stress are the main medical problems related to long-duration space flight.
 The medical operations team in each agency is working hard to take care of astronauts and protect them from these medical problems. This team is composed of flight surgeons and other experts of various disciplines, including physiological countermeasures, nutrition, radiation, behavioral science, and environment. Five MedOps teams, one from each agency, form the Integrated Medical Group to work together closely and cooperatively.
 Astronaut health care should be maintained continuously through pre-flight, in-flight, and post-flight. Seven days before launch (L-7), the crew will be isolated in crew quarters to avoid infection. During flight, the Crew Medical Officer will perform medical care activities using on-board medical equipment and drugs under supervision of flight surgeons on the ground. After flight, long-duration mission crew members undergo 45 days of rehabilitation.

(Received:12 November, 2008 Accepted:3 April, 2009)

Keywords:International Space Station, Astronaut, Health Care, Flight Surgeon, Medical Operations

1 はじめに
 1961年4月12日にソ連のユーリ・ガガーリン飛行士が,ボストーク1号で地球の低軌道を2時間弱にわたる周回飛行に成功した。旧ソ連による初飛行により幕を開けた有人宇宙開発は,同年5月5日にはアメリカのアラン・シェパード飛行士によるフリーダム7での弾道飛行による挑戦を受け,その後米ソの覇権をかけた激しい開発「競争」の時期に入った。その後アメリカはアポロ計画により月の有人探査を目指したのに対し,ソ連はサリュートやミールなどの宇宙ステーションを地球軌道に建設し,来るべき火星探査の準備として宇宙環境での長期滞在の経験を積んだ。
 当初激しいライバル関係にあった米ソも,次第に歩み寄りを見せ,アポロ・ソユーズ共同運航計画(1972)やシャトル・ミール計画(1995-97)において,お互いの宇宙飛行士(以下,飛行士)を交換するなどの協調・協力の路線に入った。一方1984年に故レーガン・アメリカ大統領が「人が生活することのできる宇宙基地を10年以内に建設する」と宣言し,これに基づき,国際宇宙ステーション(International Space Station,以下ISS)構想が正式にスタートし,いよいよ有人宇宙開発は「国際協力」の時代に入った。現在ISSは3人の長期滞在クルーを乗せ,地上400kmの軌道上を90分間に地球を1周(よって1日に16周回)の速度で回っている。ISSは5つの宇宙機関(15カ国)の参加する壮大な国際科学・技術プロジェクトであるが,日本も主要なメンバーの一つであり,2008年3月と6月に相次いでスペース・シャトルによって日本実験棟「きぼう」(Fig.1)の主要部分を打ち上げ,ISSへの組み立てに成功し,メンバーとしての本格的な活動を開始したことは記憶に新しい。「きぼう」の組立には日本人飛行士(土井,星出)もそれぞれ活躍しており,最後の暴露部(船外プラットフォーム)の組立には日本人初の長期滞在クルーである若田飛行士が活躍する予定である。ISSは完成もほぼ間近にあり,2009年5月からは6人体制に移行する予定である。シャトルで飛ぶ若田飛行士に続いては,野口飛行士が始めてソユーズでのISS往復を予定しており,我が国の飛行士も次々と新しい飛行経験を積むことになる。 
 有人宇宙開発はもうすぐ50年の歴史を積み重ねようとしているが,その間に人間の宇宙空間での生活を支える諸々の技術が格段に向上し,当初は「冒険」や「サバイバル」の様相の強かった段階から,すでに「旅行」や「生活」という形容詞が違和感のない段階に移行しつつある。


1 Japanese Experiment Module “Kibo”


2 飛行士の選抜
 1960年当時は全くの未知の分野であった宇宙環境へ人間を送り込むに際して,アメリカのとったやり方は,軍の戦闘機パイロットあるいはテストパイロットなど最も危険な任務につき,瞬時の判断を求められる命知らずの集団に対して,考えられるあらゆる医学的・心理学的検査や体力検査を行なってベスト・オブ・ベストを選ぶという方法であった。この選抜の様子は,Tom Wolfeのノンフィクションで映画化もされた「The right stuff」に詳述されている。こうして1959年に選ばれたマーキュリー計画の7人の飛行士はそれぞれの飛行ミッションに成功し国民的英雄となった。ソ連の資料は残念ながら入手できないが,やはり当初の飛行士はガガーリン少佐を含めていずれも軍のパイロットである。
 当初は不具合が見つかれば排除するというセレクト・アウトの原則に基づいて飛行士選抜が行なわれたが,経験が積まれるに従い宇宙という特殊環境に,より適応能力の高い素質のある者を選ぼうとするセレクト・インの手法も試みられた。回転椅子による動揺病耐性試験,下半身陰圧装置による血圧維持能力,隔離閉鎖施設による行動心理学的評価などである。回転椅子や下半身陰圧装置による試験は,その後必ずしも宇宙環境での耐性との関連は無いことがわかり現在選抜にはあまり使われていないが,隔離閉鎖施設はJAXAなどでは今でも利用されている。また詳しい精神・心理学的評価や適性試験では単に疾患や不適格者を排除する(セレクト・アウト)という観点ではなく,より心理適応能力の高い者を選び出すというセレクト・インの考え方に基づく努力が行なわれている。精神心理学的側面は,今後宇宙の長期滞在日数が増えたり,月・火星などの有人探査活動が行なわれるとすれば,ますます重要視される適性要因となるであろう。
 また宇宙が「サバイバル」の場から「生活と仕事」の場に発展するに従って,飛行士に求められる任務内容も,宇宙機の運行・操作ばかりでなく,船外活動,搭載している各種装置の操作やメンテナンス,科学研究や天体観測,教育,文化活動,さらには宇宙旅行の支援などへと拡大しつつある。これに従って,選抜される飛行士のバックグラウンドも軍人パイロットから,科学者,技術者,教育者などへと広がり,求められる資質も変化してきていると言える。JAXA(旧NASDA)で最初に採用された3人は科学者や医師であったが,その後は技術者なども加わり,スペース・シャトルやISSでの機器の操作,船外活動,科学実験などで活躍している。今後JAXAが主体的に有人宇宙活動を行なうためには,パイロット出身者で船長となる資質のある者を選抜することも必要になるかも知れない。
 今後惑星有人探査をするとすれば,飛行士は地球の軌道上を離れ,いよいよ深宇宙に進出することになるが,精神心理的問題に加えて宇宙放射線に対する防護が大きな医学的課題となるだろう。放射線への防護対策の一つの可能性としてバイオドシメトリという技法がある。これは放射線に暴露された際のDNAの損傷程度を直接評価するもので,原子力施設などで暴露事故があった際に医学検査の一つとして行なわれている。同じ放射線量を浴びてもDNAへの影響は個人差がある可能性があり,この方法により放射線に対する耐性がより高い個人を識別できるとすれば,惑星探査や長期滞在ミッションに参加する飛行士の選抜時のセレクト・イン手法に用いられる可能性がある。

3 飛行士の選抜
 1961年4月のガガーリン飛行士を筆頭に,これまで数多くの人間が宇宙飛行を経験している。その数は2008年6月現在で実に482人(同一人物の複数飛行は数えない)を数えるが,このうち日本人はソユーズで飛んだ秋山さんに,JAXAの飛行士6人を加えて7人となっている。この場合の「宇宙」とは地上100kmを超える高高度環境を意味し,地球軌道を周回する軌道飛行だけでなく,大きな放物線を描く弾道飛行も含む。地上100kmを超えると周辺環境はほぼ真空状態となり,高速で放物線ないし軌道飛行をする宇宙機に乗っている人間は遠心力と求心力がほぼ釣り合った状態に置かれ,その影響で体がふわりと浮き,宇宙環境の大きな特徴である無重力(正確には微小重力)を体験できるのである。
 またISSでの長期滞在が当たり前になるに従って,飛行士の宇宙滞在記録も伸びている。1回の飛行での長期滞在記録は相変わらずロシアのワレリー・ポリヤコフ飛行士 9)(医師でもある)のミール滞在438日間(1995年3月22日帰還)であるが,通算の記録としては同じロシアのセルゲイ・クリカレフ(802日),セルゲイ・アブデーエフ(748日)などがあげられる。ロシアはサリュートやミールの時代から宇宙ステーションでの長期滞在を行い,人間の心身への影響を研究している。最近は女性飛行士の活躍も目覚しく, ISSのコマンダーとして活躍し2008年4月にソユーズで帰還したアメリカのペギー・ウィットソンが通算377日間の記録を打ち立て,同じアメリカ人のシャノン・ルーシッドの記録(223日)を抜いた。


4 JAXAの飛行士と「きぼう」実験棟
 JAXAには1985年にスペース・シャトルでの実験等の任務に当たる搭乗科学者(ペイロード・スペシャリスト)として毛利,向井,土井の3人の飛行士を選抜して以来,これまでに8名の飛行士が登録されている。後に選ばれた若田,野口はスペース・シャトル搭載のロボット・アーム装置の運用や船外活動,あるいはISSの建設作業に携わるミッション・スペシャリストとして活躍した。最後に選ばれた星出,古川,山崎の3人はISSへの長期滞在要員であるが,先陣を切って本年6月に星出飛行士が「きぼう」の主要部分の組立に活躍したことは記憶に新しい。
 ISSの進行方向の先頭部分に組み入れられた日本実験棟(愛称「きぼう」)は我が国の科学技術の粋を集めて作られたモジュールである。船内実験室,船内保管室,船外実験プラットフォーム&ロボットアームの3つの主要部分からなり,既に船外実験プラットフォームを除く主要部分はISSに組み込まれ,2008年8月には記念すべき最初の実験「マランゴニ対流に関する実験」が船内実験室において始まった。船内実験室は星出飛行士のシャトル・チームがISSに運んだが,このチームのコマンダーであったマーク・ケリー飛行士が「きぼう」を称して「日本の高級車レクサスのように静かで美しい」と記者に語っている。この実験室は今後「美しさ」だけでなく,そのすばらしい機能を存分に発揮してくれることであろう。2009年4月頃には若田飛行士がISSで船外実験プラットフォームの打上を待ちうけ,ISSへの組立作業を行なう予定である。このプラットフォームでは,金属材料などを直接宇宙空間に暴露して真空や宇宙放射線の影響を見たり,望遠鏡などを設置して地球や天体の観測を行なうことができる。

5 ISS時代の医学的課題
 ISSも完成間近な現在,有人宇宙開発は数週間の短期飛行から,ISSでの6ヶ月程度の長期滞在プログラムに移行しつつある。短期飛行では体液の上半身へのシフトとか宇宙酔いが医学的課題であったが,長期滞在となると体に重力負荷がかからないことによる下半身の骨量低下や筋萎縮,宇宙放射線への長期暴露による被曝,ISSという狭い人工閉鎖施設に隔離され,少数の同僚と寝起きを共にすることによる精神心理的ストレスが主な課題となっている6)。さらには,ISS内の空気や水など環境の汚染,宇宙食供給の制限による栄養不足,滞在期間の延長と共に発生の可能性が増す疾病や怪我への対処などについて考慮しなければならない。
 微小重力下での長期滞在による下半身の骨量・筋量の減少は重要な医学的課題である。これは1Gという地球の重力環境で体を支えるために働いていた筋肉と骨が,あまり働く必要がなくなるために起こる廃用性の変化と考えられている。その証拠には比較的よく活用している上半身の筋肉や骨量は減少しない。これまでの経験によると,数ヶ月の滞在で下肢の筋力が13〜51%低下したというデータが報告されている2)。下肢の筋力低下は宇宙環境では問題とならないが,いざ地球に帰還して起立・歩行する時に支障が出ることになる。下半身の骨量減少は微小重量環境では1ヶ月に1.0〜1.5%の割合で進むと言う4)。6ヶ月の滞在では6%以上の骨量減少が見られることがISSのこれまでの30人ぐらいの米露の飛行士のデータからも確認されている。部位としては大腿骨骨頭および頚部,骨盤,腰椎などに減少が顕著である。骨からのカルシウムの多量喪失は尿路結石の誘発にも繋がりかねず懸念材料の一つである。
 地上に生活する我々は厚い大気の層に守られて宇宙からの放射線に直接暴露されることはあまりないが,宇宙環境に滞在する飛行士は直接銀河宇宙線(太陽系以外から飛来する宇宙線)および太陽放射線(太陽から放射される陽子を主体とした荷電粒子)に暴露されることになる。地上400kmの軌道上を飛行するISSの場合,飛行士は平均1mSv(0.3〜1.5)/日の被曝をするとされ8),これは単純化すると胸部レントゲン写真を毎日2〜3枚(最近のレントゲンは被曝量が少ないので比較枚数はもっと多くなっている)撮ることに相当する。過剰な被曝は発癌のリスクを高め,眼に過剰に浴びると白内障を誘発する危険がある。
 ISSという100%人工の閉鎖隔離環境に数ヶ月におよぶ長期滞在を余儀なくされ,母国語も文化背景も異なる少数の仲間のクルーと職住を共にし,プライバシーもあまり保てないという環境は精神心理的に相当なストレスとなりうる。家族や友人との交信機会も限られ,娯楽の手段も搭載している本・CD/DVDの鑑賞や小さな窓から地球を眺めることなどに限られる。長期滞在クルーは基本的に週休二日制であるが,当然ISSの機材に故障がでたり,スペースシャトルやソユーズ/プログレスがドッキングする時は休日返上で忙しくなる。数ヶ月前にトイレが故障してその修理に手間取ったことが報道されたが,地上においては小さな出来事でも宇宙では意外とクルーの大きな負担となることがある。6ヶ月も宇宙に滞在していると,時に単調さや“暇なこと”がクルーの大きな精神的ストレスとなることもある5)。大航海時代の船乗りが来る日も来る日も青い空と水平線を眺めるのと似た精神状態に似ているとも言える。

6 飛行士の健康管理プログラム
 前項の医学的課題に対処し飛行士の健康を維持させるため,健康管理は飛行ミッションの前中後の長いスパンにわたり途切れることなく行なわれなければならない。また諸々の課題に対応するためには,医師(航空宇宙医学の専門医師:フライトサージャン)だけでなく,筋・骨・トレーニング・栄養など生理学的問題,精神・心理学,宇宙放射線,環境衛生(水,空気,微生物など)の専門家も必要であり,これらの分野からなる専門家の集団がチームとして活動をしなければならない。JAXAにもNASAなどに比べれば小規模であるがこのような健康管理チームがあり,日々飛行士の健康管理に従事している。ISSの場合は5つの宇宙機関からなる国際共同プロジェクトなので,健康管理も5つのチームが綿密に連絡を取り合い,統合的に健康管理活動を行なっている(Integrated Medical Group:IMG)。また飛行中の健康管理は通信を介した「遠隔医療」7)であるため,これらの通信機器やコンソール業務に詳しいBME(Biomedical Engineer)と呼ばれる技師がフライトサージャンの支援をしているのが特徴的である。彼らは搭載している薬剤,医療機器,運動機器などの状況把握,飛行士の健康管理に関するスケジュールの調整,遠隔問診や面接の準備,健康管理文書の維持管理などで忙しい。病院の臨床検査技師兼看護師兼事務担当というところであろうか。

 (1) 飛行前健康管理
 飛行士の健康管理は選抜直後から始まる。飛行士は選抜されても実際の飛行ミッションに任命されるまでは何年にも渡る厳しい地上訓練を続けなければならず,その間高い健康水準を保つことが要求される。1年に1回はパイロットの航空身体検査に相当する年次医学検査を受け,その結果をもとに国内及び国際の医学審査を受けて認定されることが必要である。
 また特に長期滞在要員は飛行中に筋肉や骨量が減ることがわかっており,飛行前のトレーニングによるフィットネスは戦闘機パイロットの筋肉トレーニングと同様に欠かせないものとなっている。毎年実施する体力測定により評価し適切な指導を行なっている。
 地上のシミュレーション訓練のうち,宇宙服を着て巨大なプールの中で行なう船外活動の模擬訓練,遠心力発生装置を用いた耐G訓練,海中構造物での居住と海底作業訓練,サバイバル訓練などは,危険を伴い体調を崩す懸念もあるためフライトサージャンが立ち会い健康管理を行なう。
 飛行士が特定のミッションに任命されると,今度は打ち上げ日を目標とした健康管理スケジュールが組まれる。長期滞在クルーの場合は打ち上げ前6ヶ月から,骨量・筋力測定,精神心理評価などが始まり,3ヶ月前,1ヶ月前,7日前,2日前,当日に医学検査,フライトサージャンの診察などの健康管理が実施される。1ヶ月前の検査・評価項目が最多で,この時点で問題がなければ我々も一安心する。打ち上げ7日前には健康安定化プログラムという「隔離」が実施される。クルーは専用の宿舎で起居し原則として外には出られず,接触する人間も予め健康診断を受けた大人(配偶者やプログラム関係者など)に限られ,感染源になりやすい子供との接触はさせない。このプログラムはNASAではアポロ13号以降に取り入れられたと聞いているが,導入以降はクルーの感染症が原因で打ち上げが延期されたり,クルーが直前で交代になるケースはなくなったとのことである。

 (2) 飛行中健康管理
 飛行中の健康管理は基本的に地上のフライトサージャンとISS内のクルーが通信を介して行なう遠隔医療である。長期滞在クルーの場合は1週間に1回はフライトサージャンとの問診,2週間に1回は精神科医ないし心理士の面接を受ける。簡単な医学検査器材(血液,尿)や心電図(Fig.2),血圧計,超音波診断装置(Fig.3)等も搭載しているので,これらの器材を使って定期的に検査を行なえる。実施するのはクルー・メディカル・オフィサーと呼ばれる救護係で,予め地上で救急救命士並みの技術訓練を受けている。クルーが体調を壊したり,怪我をした場合,搭載している薬や医療器具を用いてある程度の治療ができるようになっている。点滴,気管内挿管,洗眼,小外科セットなども搭載しているが,幸いなことにこれまでは大きな医療事態は起きていない。クルーを治療する際に微小重力下では特別に固定しなければならないため,簡単な固定器具(Fig.4)も搭載している。


Fig.2 12 leads ECG monitoring


Fig.3 Ultrasound Diagnostic Device


Fig.4 Crew Medical Restraint System



 
Fig.5 Treadmill on ISS   Fig.6 Cycle Ergometer on ISS



 微小重力環境に長く滞在すると下半身の筋肉や骨量が減少するのは避けられないため,これを防ぐためクルーはISS内でトレッドミル(Fig.5),自転車エルゴメータ(Fig.6),抵抗運動器の3種類の運動器具を使って,毎日2時間半の運動をするように義務づけられている。そして定期的にISS内でも体力測定をして運動効果の評価をしている。軌道上でしっかり運動できたクルー(器材の故障などで予定通りの運動ができないクルーもいる)は帰還後の筋力の回復もよくリハビリ期間も短く済むようである。
 ISSは100%人工の閉鎖環境である。酸素を発生させる装置と二酸化炭素を吸収する装置を備えて空気組成をコントロールし,有毒なガスや微生物(細菌やカビ)に汚染されていないかを常時モニターすることが大切である。空気,水,壁面のふき取りサンプルは地上に持ち帰り定期的に分析をしている。二酸化炭素濃度の上昇,騒音レベルの上昇,微生物の増殖などは時々起こる課題であり,その都度解決策を検討し対処しており,これまでに大きな問題とはなっていない。
 放射線による被曝状況を適切にモニターすることも飛行士の健康管理には欠かせない。飛行士の放射線被曝管理は,飛行士が装着している個人線量計の累積値(飛行後に分析),ISS内に設置している放射線環境モニターの読み値(リアルタイムでわかる),宇宙天気予報(太陽活動の観測による太陽からの放射線を帯びた陽子量の推定)等のデータを総合的に評価して実施している。太陽の活動は11年周期で変動するとされており,現在は静穏期にある3)。しかし数年後にはまた活動が活発化することが予想され,この時期には監視活動を強化し,太陽からの陽子が多くなる時期には,飛行士をISS内でも隔壁の厚い部分に一時避難させて被曝からの防護をする必要も出てくる。

 (3) 飛行後健康管理
 スペースシャトルによる短期フライトであれば飛行後の健康管理は帰還後3日ほどで終了するが,数ヶ月に及ぶ長期滞在ミッションではそうはいかない。下半身の筋力が低下し,骨量が減少しているため,すぐには歩行させられないし,転倒すれば骨折の危険がある。長期間の入院・臥床を強いられ,ようやく退院の目処が立ったが足腰が弱っている患者さんのようにリハビリテーションが必要になる。長期滞在飛行士に対しては通常45日程度のリハビリプログラムが用意されている。第1フェーズ(帰還後3日ぐらいまで)では,マッサージやストレッチ,補助付き歩行にとどめ,第2フェーズ(帰還2週間後まで)では水中歩行,自転車エルゴメータ,軽い歩行に移行し,第3フェーズでようやくランニングや筋力トレーニングを開始し,45日以降は個人の回復状況を見ながら通常の生活に復帰させることになる。平行して飛行後の医学検査も実施されるが,帰還後30日目の医学検査が一番検査項目も多くなっている。それ以降は回復の遅い骨量については半年後,1年後と長きに渡ってフォローすることになる。
 長期滞在の場合,精神心理面のリハビリも時に必要となる。飛行士はミッションに任命されてからは,厳しく忙しい訓練のために家族を残してISS関連諸国を渡り歩き,飛行後も帰国報告会やVIP訪問,記者会見などで多忙を極める。これらの期間を合わせると数年間は家族から離れての生活が頻繁に続くことになる。サラリーマンの長い単身赴任からの家庭復帰が時に困難なように,飛行士も家庭復帰に特別なサポートが必要となる場合がある。まれではあるが,宇宙飛行をきっかけに人生観や価値観ががらりと変化する飛行士,大きな目標を成し遂げた後の虚脱感・抑うつ感(バーン・アウト症候群)に襲われる飛行士もいる。日本人飛行士の場合,飛行後に芸能人並みに有名となり世間の注目を浴び,スケジュールが多忙を極めるケースが多く,飛行ミッション自体よりも飛行後のスケジュールに忙殺される恐れもあり,彼らをこの殺人的なスケジュールから守ることも健康管理の重要な役割となる。

7 ISSクルーの国際健康管理体制
 ISSは5つの宇宙機関が協力して実施している国際共同プロジェクトである。宇宙飛行士の健康管理に当たってはお互いの緊密な連携が必要となるため,3つの多数者間医学会議を設けて定期的に会合を開いて,より統合的な健康管理活動を行なおうと努力している。トップに位置づけられているのは多数者間医学方針委員会(Multilateral Medical Policy Board:MMPB)で,各宇宙機関の健康管理責任者がメンバーとなっている。各メンバーが1票の投票権を持ち,全会一致の原則で運営される。下部委員会として多数者間宇宙医学委員会(Multilateral Space Medicine Board:MSMB)と多数者間医学運用パネル(Multilateral Medical Operations Panel:MMOP)が設けられており,日常の具体的な問題の解決にはこの二つの下部委員会が主に活躍している。
 MSMBは各国の飛行士が毎年実施する年次医学検査の結果を審議し,その医学適性を評価し合否の判断をする審査ボードである。ISSに立ち入るすべての飛行士(長期・短期に関わらず)及び宇宙旅行者が審議の対象となる。審査はMedical Evaluation Documents (MED)という共通の基準文書に基づいて行なわれるが,MED-Cという宇宙旅行者向けの基準は最近航空宇宙医学雑誌1)に公開されたので参考とされたい。飛行士の審査は基準や考え方が違っているせいもあり,妥協点として当初は各国の国内ボードに審査は任せられ,MSMBとしては年2回の会合時に各国から審査結果を報告してもらい,これを承認するという儀礼的な活動にとどまっていた。しかしシャトル・コロンビア号の事故以来,MSMBとして共通の基準に基づき各飛行士を責任を持って審査すべきとの合意が得られ,今では毎月テレコン(電話会議)で実質的な審査活動を行なっている。医学情報はすべて開示され,MEDに基づき議論され,ボードとしてきめの細かい指導を各国のフライトサージャンに行なうまでになっている。検査結果の異常や医学的問題(疾病等)が報告された場合,ミッションへの影響,個人への影響(状態悪化の可能性),医学的問題の発生率,ISS内での対処体制などの観点から総合的にリスク評価され,合否の判断がなされる。
 MMOPは飛行士の健康管理活動を共同で行なうための調整を行い,その都度問題点を解決するためのパネルであり,やはり毎月テレビ会議を行なっている。MMOPには放射線,精神心理,医学基準,船外活動,環境,生理的対策,栄養など12個のワーキンググループがあり,それぞれ専門のメンバーによりそれぞれの問題が話し合われ調整されている。MMOPも時の経過と共に相互理解が進み,一つの国際統合医学グループ(IMG)としてのまとまりができつつある。
 MMPBはトップの医学会議であるが当初は会合も不定期で儀礼的なものであった。しかし,コロンビア号事故後,「シャトルによる物資補給が滞るとクルーの健康と安全が保てないので,クルーの一時的なISSからの撤退もやむなし」という意見がNASA内にあることが新聞に公表された。これをきっかけに,MMPBでの議論が始まり,本当に現在搭載している健康管理器材や環境モニター器材のメンテナンスや補給に支障が出て,クルーの健康を脅かすのかについて検討された。この際に,必ずしも搭載機器が有効に使われていない(アメリカの飛行士はアメリカ製,ロシアの飛行士はロシア製器材をそれぞれ使用し,互いの融通がない)という事実が明らかになり, ISS内の医療資源を協調的に利用すればISSクルーの健康は保てるという結論に達した。この議論は当初ISS計画のリーダーとしてのプライドの高いアメリカと,長期滞在の経験が豊富でISSの環境制御システムを提供しているロシアとの間で対立があり,合意に達するのに困難があった。しかし「ISSからのクルーの撤退」という共通の危機に際し,分裂するのではなく,お互い歩み寄り協調するという賢い選択をすることができた。以来MMPBはISSの医学的な課題に対して共通の方針を示す最高機関として機能し始めたのである。

8 おわりに
  国際共同プロジェクトは,各国の価値観・考え方・文化の違い,言語の違い,国益の違いなどから,一つの共通の目標を達成するためには大変な努力と,時間と,精神的エネルギーを費やす。今回のISSプロジェクトでは,このような苦労を軌道上にある飛行士のみではなく,地上の開発担当者,管制要員,エンジニア,訓練担当者,そして我々健康管理担当者など,すべての分野で体験している。コロンビア号事故による影響によりプロジェクトは大幅に遅れ,一時はクルーの撤退の危機さえあったが,これらの困難を乗り越えISS は完成間近であり,2009年にはクルー6人体制に移行する。
 今後ISSは「建設」フェーズから「利用」フェーズに移り,種々の科学実験や研究,天体観測や地球観測の成果が問われることになるが,その背後に隠れた国際共同活動の実績も大きな成果として忘れてはならない。それぞれの参加国が国益を超えた一つの目標に向かい,これを達成しようとした実績は,今後人類がさらに月や火星の有人探査へと活動を展開する時,必ずや役立つものと信じている。またこうした壮大なプロジェクトの一員たりえたことに対して喜びと誇りを感じている。

文 献

1) Bogomolov, v.v., Castrucci, F., Comtois, J.M., Damann, V., Davis, J.R., Duncan, J.M., Johnston, S.L., Gray, G.W., Grigoriev, A.I., Koike, Y., Kuklinski, P., Matveyev, V.P., Morgun, V.V., Pochuev, V.I., Sargsyan, A.E., Shimada, K., Straube, U., Tachibana, S., Voronkov, Y.V. and Williams, R.S.:International Space Station Medical Standards and Certification for Space Flight Participants. Aviat. Space Environ. Med., 78, 1162-1169, 2007.
2) Gallangher, P., Trappe, S., Costill, D., Riley, A., LeBlanc, A., Evans, H., Peters, J.R. and Fitts, R.H.:Human muscle volume and performance: the effect of 6-mo of microgravity, Abstract, Paper 21. 19, American Physiological Society Intersociety Meeting:Integrative Biology of Exercise. The Physiologist, 47, 321, 2004.
3) 五家建夫:宇宙環境リスク事典,丸善出版サービスセンター,東京,2006.
4) Lang, T., Le Blanc, A., Evans, H., Lu, Y., Genant, H. and Yu, A.:Cortical and trabecular bone mineral loss from the spine and hip in long-duration spaceflight. Journal of Bone and Mineral Research, 19, 1006-1012, 2004.
5) Suedfeld, P.:Invulnerability, Coping, Salutogenesis, Integration:Four Phases of Space Psychology. Aviat. Space Environ. Med., 76, B61-B66, 2005.
6) 立花正一:宇宙旅行は過酷? 宇宙旅行のストレス,Biophillia, 1,6-11,2005.
7) 立花正一:国際宇宙ステーションの飛行士のための遠隔医療,新医療,2,128-130,2005.
8) 宇宙開発事業団:有人サポート委員会宇宙放射線被曝管理分科会報告,2001.
9) ワレリー・V・ポリャコフ:地球を離れた2年間,WAVE出版,東京,1999.

連絡先: 〒305-8505
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