宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 4, 172, 2008

宇宙航空医学認定医セミナー

「フライト・サージャンの役割と要請」
4. 我が国の航空身体検査証明制度について

田村 信介

国土交通省航空局技術部乗員課

Aviation medical certification system in Japan

Shisnuke Tamura M.D.

Personnel Licensing Division, Civil Aviation Bureau, M.L.I.T.

航空身体検査証明制度は,航空機に乗組んで操縦等の航空業務を行う者が一定の健康状態であることを証明することにより,人的要因による航空事故を防ぐことを目的としている。
 黎明期は,多くの航空事故が操縦者の健康問題や操縦操作等の人的要因により発生した。こうしたことが知られるようになり,操縦者は健康であることが必要と考えられ,航空身体検査が始まった。当時は航空事故につながる疾患等が不分明であり,受検者に健康であることを過度に要求した。しかし,航空医学が発展するにつれ航空業務に係る能力の低下を来たさない疾患等は許容されるようになった。現在は航空事故を引き起こす急性機能喪失(Incapacitation)の排除を主眼としている。
 戦後,我が国の民間航空は主に国際民間航空条約に拠って発展した。これは通称シカゴ条約と呼ばれ,国際民間航空を能率的且つ秩序あるものにすることを目的とする。この条約に基づき,国際民間航空の発展に係る原則の制定及び技術の開発のために国際民間航空機関(International Civil Aviation Organization: ICAO)が設置された。我が国は国際標準と比して概して慎重だが,航空運送に係る航空従事者の年齢上限を一定の条件を課しつつ独自に60歳から65歳に引き上げるなど,国際標準に先駆けた分野もある。事実,この後ICAOや米国も年齢上限を65歳に引き上げた。
 我が国では,指定航空身体検査医(指定医)が航空身体検査指定機関(指定機関)において航空身体検査証明を行うことが出来る。指定医に指定されるには5年以上の航空医学又は臨床の経験を有し且つ国土交通大臣の行う講習を受ける必要がある。この講習は3日間に亘って実施され,航空医学及び航空生理学,制度概論や運用上の注意事項,さらには実機シミュレーターなど多岐に亘る。指定機関に指定されるには航空身体検査に必要な機器及び設備等や実務管理者の配置など,航空身体検査を適切に実施できる体制が当局の立入検査により確認されることが必要である。
 指定医は省令に定める航空身体検査基準に基づき判定を行うことになるが,実際の運用上は航空局の定める航空身体検査マニュアルを用いて判定を行う。このマニュアルは判定基準等が具体的に規定されており,国際標準や医学の進歩等に鑑み概ね5年毎に改正される。指定医が適合と判定できない申請者に対して,申請者の希望により大臣の判定を受けることができる。大臣の判定について,航空局に航空身体検査証明審査会が設置されており,乗務の適否や条件等を判断する。この審査会は12名の各領域の専門医及び行政・航空従事者が委員となり,毎月開催されている。
 我が国の航空身体検査証明制度は航空身体検査基準検討委員会からの提言に基づいて定期的に見直しが行われている。平成18年の提言では,基準及びマニュアルの改正や航空運送事業者の健康管理,指定医の能力向上,審査会の適切な運用のための方策等が謳われている。この中で指定医の能力向上に係る一方策として,当学会のような航空医学関連学会との連携が示された。具体的な連携内容及び方法は現在検討中である。