宇宙航空環境医学 Vol. 45, No. 4, 157, 2008

一般演題

43. 頸部体性感覚入力が傾斜感覚に及ぼす影響

和田 佳郎1,緒方 克彦2

1奈良県立医科大学第一生理
2防衛医科大学校幹事

Effects of neck somatosensory inputs on perceived tilt

Yoshiro Wada1, Katsuhiko Ogata2

1Department of Physiology I, Nara Medical University
2Vice President, National Defense Medical College

【目的】 空間識の形成には視覚,前庭覚,体性感覚という複数の感覚入力が関わっているが,その中で体性感覚に注目した研究は少ない。そこでわれわれは,空間識の一要素である身体の傾斜感覚に対する頸部体性感覚入力の影響についての研究を開始した。
 【方法】 実験は健常成人6名を対象とし,頭部のみを傾斜させた場合と体全体を傾斜させた場合における自覚的視性垂直位(Subjective Visual Vertical, SVV)を測定した。頭部のみを傾斜させる実験では,座位にて被験者に頭部を左右0〜60度(計20条件)の範囲内で能動的にroll傾斜させ,約30秒間同じ角度を維持させた後SVVを計測した。また同時に直線加速度センサーにて頭部傾斜角度を計測した。体全体を傾斜させる実験では,航空医学実験隊の空間識訓練装置を利用して,座位にて被験者の頭部(bite bar),頸部(頸部カラー),体部(5点式シートベルト)を固定し,体全体を受動的に左0,15,30,45,60度roll傾斜させ,約60秒間同じ角度を維持した後SVVを計測した。傾斜感覚は頭部傾斜角度とSVVの差から算出した。今回は,左方向のroll傾斜に対する傾斜感覚について検討した。
 【結果】 実際の頭部の傾斜角度(度)を横軸,傾斜感覚(度)を縦軸として計測データをプロットすると,頭部のみを傾斜させた場合(11条件),体全体を傾斜させた場合(5条件)のいずれにおいても直線関係となり,それぞれの近似直線の傾き(slope)を求めた。傾斜感覚が頭部傾斜角度と一致すればslopeは1となるが,過小評価すればslope<1,過大評価すればslope>1となる。頭部のみを傾斜させた場合には,slope<1は0名,slope>1は6名,slopeの平均±標準偏差は1.35±0.33であった。一方,体全体を傾斜させた場合には,slope<1は4名,slope>1は2名,slopeの平均±標準偏差は0.94±0.16であった。両者のslopeの平均値の間には有意な差が認められた(p<0.05, paired t-test)。
 【考察】 頭部のroll傾斜が0〜60度の範囲内では,頭部のみを傾斜させた場合,体全体を傾斜させた場合のいずれにおいても,傾斜感覚と頭部傾斜角度の間には直線関係が認められた。傾斜感覚は,体全体を傾斜させた場合にはほぼ正確であったが,頭部のみを傾斜させた場合には過大評価する傾向(E-effect)が認められた。2つの実験の最も大きな違いは頸部体性感覚入力の差であり,上記の結果は頸部体性感覚入力が傾斜感覚を増強したことを示している。しかし,その他にも能動と受動,頭部傾斜を維持する時間などが影響している可能性もあり,今後の検討課題である。